See-Saw Game!













1.


 宛がわれた部屋に入るなり、脱ぎ捨てたマントを無造作に椅子の上に放り投げて、不機嫌な表情も露わにテッドは寝台の上にごろりと転がった。
 よく利いたスプリングとふかふかのマットは、久しく体験しなかったものだ。その感触には少しだけ気を良くしたが、それでも仏頂面は崩さないままに、テッドは見慣れない天井を見上げた。
 全く以って、気の重い任務だ。しかも組む相手がコイツときた。
 遅れて部屋に入ってきたスノウは、中途半端に広がった格好で椅子の背に引っ掛かっているテッドのマントを見て苦笑した。拾い上げて、たっぷりと襞の取られたそれを、なんとか綺麗に畳もうと四苦八苦する。その手付きが余りにも不器用だから、とうとうテッドは溜息と共に起き上がった。
「貸せよ」
「あ、うん」
 畳みなおしたそれを再び椅子の背に掛けると、テッドはスノウのマントも取り上げて、同じように畳んでやった。
 ありがとう、と屈託なく礼を言う表情に些か虚脱する。本当にこんな世間知らずのお坊ちゃまに、今回の任務がこなせるとカルマは考えているのか。まあ、確かにその『お坊ちゃま』の要素が必要な仕事であるのには違いないのだが。
 スノウが今纏っているのは、いつもの擦り切れかけたみすぼらしい服ではなく、軍主がこの任務の為に急遽仕立てさせたものだった。白絹のブラウスの上に葡萄茶のベストという、シンプルではあるが上品な衣服に着替えた彼には、なるほど確かに貴公子と呼ぶに相応しい気品が感じられた。
 尤も、これが見てくれだけで勤まるような仕事なら、誰も苦労はしないのであるが。
 二人がいるのはミドルポートの一角にある、古びてはいるが豪奢な作りの宿屋だった。一階に酒場を兼ねたこの店は、普通の人間はまず訪れない。法の目を逃れ、裏の社会で勢力を伸ばし続ける『選ばれた』人間だけが来ることの出来る場所だった。
 カルマたちの元に、その情報が齎されたのは一週間ほど前のこと。
「密輸組織?」
「そう、各地でこのところ、金鉱石がバカみたいに高騰しているのは皆さんもご存知のことと思いますが」
 軍議の席で、カルマは穏やかな表情のままに一同を見回した。
「存在の噂だけは随分前から囁かれていたんですけどね。密輸船団、通称『ケルベロス』―――群島とクールークの戦争が始まったことで、彼らの動きも活発化したようで、その実態と影響とが急速に浮き彫りになってきたんです。かなりの財力と人員とを投入して不当な買占めに乗り出してきています。また、金鉱石を輸送中のモルドの商船が、国籍不明の船団に襲われたという情報も入っています」
 戦争が起これば当然ながら物資も動く。利益を得る為に時流を利用しようという輩は、いつの時代にも必ず存在するものだ。
「こっちとしても金鉱石は装備の強化の為に必要不可欠なものだし、違法で流通ルートを独占している組織があるなら、出来ればこれを叩いておきたい…とは常々思っていたんですけどね。残念ながら向こうもなかなか尻尾をつかませてくれなくて。けど、ここへ来て思わぬ偶然が味方した」
「先日捕らえたクレイ商会の手のものか」
「正解」
 リノの言葉に、カルマは軽く微笑んで頷いた。
 数日前、船は嵐を避けるために予定を変更して航海していたネイ沖で、偶然にも数隻のクールーク艦と遭遇した。これを打ち破り、捕虜とした乗員の中に、密書を携えたクレイ商会の商人がいたのである。密書の内容は、とある貴族からこの組織へ持ちかけられた商談についてであった。クレイ商会は兵器の売買、人魚の密猟を初め、裏の流通に関する独自のルートを持っている。密書の差出人である貴族もこの事実を知っていたから、組織との確実な接触を狙って、クレイ商会に取引の代理人を依頼したのだろう。
 まさか、密書がこんな偶然によって、群島解放軍の手に渡ることになるなどとは思いもせずに。
「密書の内容を信じるならば、この取引には組織の頭が直々に出てくる。提示されてる金額のバカでかさからも伺えるように、連中にとっちゃ、かなりの正念場ってところなんだろう」
「つまり、代理人になりすまして交渉の場に赴けば、ケルベロスのトップと接触を図れる…そういうことです」
 エレノアの言葉の後をカルマが引き取った。
「勿論、クールークの仕掛けた罠だっていうことも考えられる。けれど、これが事実だった場合、目の上のこぶを取り除けるまたとない機会となります」
「だが、ミドルポートの領主はどうする?自分の仕切る領内で下手な騒動を起こしたと知れちゃ、今後こっちの動きに介入してくるかもしれん。更に言うなら、領主本人もケルベロスと繋がりを持っている可能性も否定出来んだろう。取引先を潰されたとあっちゃ、尚のこと黙っちゃいまい?」
 リノが心配そうに眉を顰めたが、カルマは笑ってかぶりを振った。
「それに関してはご心配なく。群島諸国の商人たちの連名で、公正な交易の妨げとなる密輸組織の捕捉に成功した、ついては打破を解放軍へと依頼したので、貴殿にもご協力を仰ぎたい、ミドルポートと群島との末永い友好の為に―――といった内容の書状を、ラインバッハ氏へ送りますから。群島からの正使ということであれば、一応法の元に自治を認められている身として、当然無視する訳にはいきません。群島の真珠や珊瑚を手放すことになるのも、ミドルポートにとっては大きな痛手です。積極的な協力を望めるとは思っていませんが、こちらが潰した組織の後始末くらいはしてくれるでしょう。勿論、こちらが潰せれば、の話ですが」
 表情そのものの穏やかな口調ながら、その言葉には聞くものの心を惹き付ける不思議な力があった。冷静沈着にしてリーダーシップ溢れる軍主。だが実はこちらの顔こそが、彼の仮面だと知っているものは少ない。
「で、誰を偽の使者に出すんだい?罠だった場合も考えて、軍主であるアンタをこの役目に就かせるわけにはいかない」
 エレノアが尤もらしい問いを口にするが、その揶揄い混じりの口調は、もう既にこの任に宛てられた人物が誰であるか見抜いたことを示していた。
「彼に、行って貰います」
 そうして、おいで、と振り返ったカルマの視線の先、作戦室の扉がゆっくりと開く。控えめな足音と共に、おずおずと歩を進めてきたのは、金の髪持つ気弱そうな青年だった。
 途端、室内の空気がざわざわとどよめく。
「おいおい、まさか本気で言ってるんじゃないだろうな、カルマ?どう考えたって、コイツにゃ荷が勝ちすぎてるだろうよ」
 リノの言葉は、満場の意見を見事に代弁していた。
 だが、カルマは寧ろ自信に満ちた笑みを浮かべる。
「いえ、今回の任に関して、彼ほどの適任者は他にいません」
「どうして?」
「理由は……これを見て頂ければわかります」
 カルマがリノに手渡したのは、例の密書だった。
 訝しげに眺めていたリノの目が、ある箇所で不意に険しくなる。
「これは…」
 手紙の最後には、あまり流麗とは言いがたい筆跡で、送り主の名が記されていた。エリック・ランズベリーというその名に覚えはなかったが、結びに押されていた紋が全てを物語っていた。
 可憐なその花の名は………ジギタリス。
「ええ、フィンガーフート家の家紋です」
 淡々と、感情も表さないままに、カルマは告げる。
「エリックというのはおそらく偽名でしょう……あの人の筆跡を、僕が見誤るわけもない。この密書を出したのは間違いなく、元ラズリルの領主、ヴィンセント・フィンガーフート伯です」
「ラズリルを追われたっていう、あの落ちぶれ貴族が、こんな大金を動かせるだけの力を、今も所持しているとは思えんが…」
「フィンガーフート伯はラズリル以外に、ガイエン本国にも幾らか土地を所有しています。また、交易商としてもかなりの実力を持っています。伯はラズリルを出奔するとき、今までに蓄えた財産を根こそぎ持ち去っている。追われたというよりは、拠点を変えたといったほうが正しいかもしれません。勿論保身の為、身分を詐称しているだろうことは疑う余地もありませんが」
 カルマは再び振り返り、傍らにじっと佇むスノウを見上げた。
「彼が伯の元を離れたことは公にされていません。もし、密書が真実、伯の出したものであるならば、彼の身内であるスノウが赴けば信用される率も高い。スノウはガイエン海上騎士団の団長を務めていた時期に、僅かではありますがグレアム・クレイとも接触を持った経験があります。伯が用立てる代理人としては、申し分ない人選だと思いますが」
 いっそ薄情とでも呼べるほどの冷静さで、カルマはスノウの、けして誇れるとは言い難い過去を白日の下に曝け出す。だが隣のスノウは顔色ひとつ変えることなく、黙ってそれを聞いていた。
「行かせてやればいい」キカが息を吐くように微笑んで、長い髪を掻き上げた。「元々が偶然で転がり込んできた話だ。ものにする為には多少の博打もやむを得なかろう」
 スノウは無言のまま、キカに向かって一礼した。
 リノが仕方ないといったように肩を竦め、エレノアは手にした酒のグラスを目の高さまで掲げてみせる。
 答えは、それで充分だった。
「さて、当然だが、その坊やをひとりで行かせるつもりはないんだろ?大貴族の遣いが従者もなしで行ったんじゃ、逆に怪しまれるだろうしな」
「テッドをつけます。機転も利くし、彼の外見なら相手の油断も誘えます。それに、いざ戦闘になったとき、テッドなら武器がなくても魔法で充分に戦える。取引の場に、表立って武器は持ち込めませんからね。勿論援軍は用意しますが、そんなに大人数を送り込めるわけではありませんから。少ない戦力で確実に相手を仕留める為には、彼を外した布陣は考えられません」
 ―――かくして、状況は今に至る。
 気の乗らない任務だ……深く嘆息し、テッドは再び寝台に身を沈めた。
 取引が行われるのは明日の夜だが、それに先駆けて今夜、先方の幹部と下の酒場で会う手筈になっている。名目としては取引の段取りの打ち合わせ兼前祝、実態としては、こちらが本当に信用出来る相手であるかどうか探りを入れようというのだろう。どちらにせよ、ここで勝たねば頭領を表に引き摺り出すことも出来なくなる。最初にして最大の関門と言ってよかった。
 全く、人の良さそうな顔しておきながら、とんでもないことを押し付けてきやがって―――まるでその辺りの海岸にピクニックに行くとでも言うような口調で、今回の任務を依頼してきたカルマの顔を思い出し、テッドは小さく舌打ちした。その彼は、交渉の席には加わらないが、別方面より計画の支援を行う目的で一足先に船を発っている。頃合いを見計らって連絡するよ、とカルマは言っていたものの、肝心のその手段をテッドは聞いていない。どうせろくでもない方法だろう。
 二人で泊まるには充分すぎるほどの広さのあるその部屋は、しかし無音だった。テッドは勿論、スノウも先程からひと言も喋っていない。伏せた瞼の隙間からそっと盗み見れば、心持ち青褪めた表情で窓際の椅子に腰掛けているスノウの姿が見えた。窓の外に投げられた視線は、緊張の為か忙しなく瞬きを繰り返し、膝の上に置かれた手は、何かを掴むように固く握り締められている。
 無理もない。この軍に来てから彼に与えられた初めての大役。失敗すれば命の保証はないばかりか、彼にこの任を与えた軍主の顔をも潰すことになる。以前はともかく、今の彼がくだらない見栄や嫉妬の為に動いているのではないことくらいは、テッドにもわかっていた。それは、共にいるときの彼ら二人の表情を見れば明らかである。
 だが、だからこそテッドは、カルマがこの任にスノウを抜擢した理由がわからなかった。ようやく立ち直りかけた親友の過去の傷を無理に抉り、再び互いの間の溝を深めるような真似を、一体、何故。
「………」
 彫像のように微動だにせず、気配のみを痛いほどに張らせた青年に、大丈夫だ、と声を掛けたものかどうか迷ったが、結局そんな言葉は気休めにもなりはしないと思い直して、テッドは無言のまま寝返りを打ち、彼に背を向けた。




 指定されたテーブルで待ち受けていたのは、見るからに組織の副官といった雰囲気を持つ壮年の男だった。背後には、護衛と思われる体格の良い男が二人控えている。
 値踏みするようなその目付きは、予想の範囲内とはいえ、やはり気持ちの良いものではない。テッドは眉を顰めたが、スノウの表情は落ち着いていた。先方と握手を交わした後、スノウは席に着座し、テッドはその背後に立つ。
「…随分とお若いな」
「お気に触ったのでしたら申し訳ありません。まだ勉強中の身ではありますが、南方のファレナでの交易事業にて、それなりに経験と実績は積んでおります。此度の商談におきましても、不足はないと自負させて頂きますが」
 予想していたよりもずっと若い使者に、男はあからさまに居丈高な態度を取った。圧力を掛けて、こちらの出方を伺おうというのだろう。それがわかったから、スノウは隠すことなく本名を名乗る。
「……ほう、ジギタリスの」
「本来ならこの取引にも父自身が出向く意向だったのですが、このところ体調が思わしくなく…僕が代わりを命じられました次第です」
 男の片眉がそろりと上がる。
 嫌な目だ。反射的にテッドはそう思った。
 だが、これではっきりした。ケルベロスの取引の相手は間違いなくフィンガーフート伯である。クールークの罠でなかったのはありがたいが、そうとわかったからには益々この勝負を落とすわけにはいかない。相手の動きに油断なく意識を向けながら、テッドは素早く周囲に視線を走らせた。酒場の内装、照明と出口の位置、周囲を忙しなく行きつ戻りつしている店員の人相まで頭に叩き込む。いざというときの為に、どんな小さな情報でも手に入れておくに越したことはない。
 そこへ、葡萄酒の瓶とグラスを持った女給がテーブルまで来た。若い、まだ少女といっても差し支えない年頃の娘である。その海のような碧い瞳に、似た誰かの面影を覚えて、思わずまじまじと顔を見詰め―――危うく喉元まで出掛かった声を、テッドはすんでのところで噛み殺した。
 似ているどころではない。なんとそれは女給姿に扮したカルマ本人だったのだ。
 カルマはもともと中性的な顔立ちをしている。していることは知っているのだが……目の前のその姿に、これは反則だろうと素直に思った。伏し目がちの相好で慎ましやかに佇むその姿は、店内中の男性客はおろか、女性客すらも振り向かせかねない美少女である。
 丈の長い黒のワンピースに純白のエプロン、頭にはご丁寧にヘッドドレスまで着けている。髦により背の中ほどの長さになった髪は、黒のリボンで緩くひとつに束ねられていた。ごく薄く化粧を施された顔に長い睫が影を落とし、楚々とした雰囲気をより引き立てている。唯一、違和感があるとすれば左手に巻かれた包帯だが、茶を淹れるときに誤って火傷した、とでも言えば誰も疑いはしないだろう。
 その清楚な出で立ちと振る舞いとに、不覚にも一瞬見惚れそうになり…我に返ってテッドは慌ててカルマから視線を引き剥がした。
 カルマは鮮やかな手付きで葡萄酒のコルクを抜き、グラスに注ぐと、拝礼して引き下がった。いっそ優雅ともいえるその仕草と無駄のない動きに、流石は元小間使い、とテッドは思わず感心しかけ、次いでそんな自分に脱力した。
 一方、スノウはと言えば……なんと彼は全く動じることなく、穏やかな表情で先方との会話を続けていた。そのあまりの落ち着きぶりは、大物なのかバカなのか判断に迷うところである…が、彼の場合はただ単に気付いていないだけなのかもしれない。
(全くコイツら、二人揃って俺の緊張感を台無しにしやがって!!)
 ―――傍らのテッドの苦悩も知らず、打ち合わせは順調に進められている。スノウはよくやっているようだ。
「頭領は明日の昼にはこの宿に見える。よって、正式な取引は明日の夜、ここで行うこととする。巨額の取引だからな、用心のために、明日この酒場には他の客は一切入れんように手配させて貰った」
「それがよろしいかと思います。こういった話は、いつ何処で、誰の耳に入るかわかりませんから…そちらのメンバーは?」
「頭領と私、あとは部下が数名…護衛の兵も何人かついてくることになるだろう。多少物々しく感じるかもしれんが、気を悪くせんで貰いたい」
 つまり明日は、この酒場は閉鎖されるということだ。
 頭領が確実に出てくることがわかった以上、戦闘は避けられない。閉鎖によって他の客を巻き込まなくて済むのはありがたいが、こちらも店内に人を紛れ込ませておくことが出来なくなるのは痛かった。こちら側の戦力は、最初からカルマを含めた三人だけと割り切ったほうが良いだろう。しかもカルマとスノウは、今回剣を所持していない。
(結局は俺が何とかするしかないわけか―――)
 貸し以上に働かせすぎだろ、と毒づきたい気分でいっぱいだったが、ここまで来てしまったからにはやるより他にない。こっそり溜息を吐いた時…傍らを通り掛かった女給(当然カルマである)が椅子の足に躓いて、テッドのほうに倒れ掛かってきた。あ、と小さく声を上げる身体を、咄嗟にテッドは抱きとめる。
「……大丈夫か。足元に気を付けろよ」
 ―――わざとらしい。と思いつつも、一応そう声を掛けると、腕の中の少女ははっと身を起こし、恥ずかしそうに顔を赤らめて会釈した。
「も…申し訳ありません。ありがとうございました」
 …一瞬の出来事だったが、勿論そのタイミングを逃すカルマではなかった。歩み去る少女の後ろ姿を目で追いながら、テッドは手の中に滑り込まされた紙片を握り締める。
 全くわざとらしい…とひとりごちて、ふと顔を上げたテッドは、店中の視線が自分に集中しているのに気付いて蒼白になった。明らかに嫉妬を含んだものと思われるそれに、カルマがたった数日のうちにこの酒場で築き上げた地位を悟って、軽い眩暈を覚える。店内の男性客全てを一瞬にして敵に回した気分は、爽快とはほど遠かった。
(あのやろ、間諜は目立たないようにするのが常識だろうに、目立ちまくってどうするんだよ!!)
 …テッドがそうして、ひとり災難に遭っているとも知らず、スノウは緩やかな笑顔で話を締め括った。
「……わかりました。では、明日はよろしくお願い致します」
「待ちたまえ」
 話はこれで終わった、とばかりに席を立とうとしたスノウを、厳しい声が引きとめた。
「最後にひとつ聞きたい。君が、本当にジギタリスの一族だという証拠はあるのかね?」
 喉元に刃を突きつける感触にも似た声に、スノウの表情にさっと緊張が走るのがわかった。やはりそううまくはいかないか…と歯噛みして、テッドは即座に思考を臨戦へと切り替える。
「……お疑いですか?」
「当然だ。もし君がガイエン政府やオベル王家の息の掛かったものだった場合、事態は我らの存続に関わる。商人とは人を疑うように出来ている生き物なのだよ。君も商人の端くれならばわかるだろう?」
 男の視線が蛇のように絡みつく。背後に控えた気配にも、徐々に緊張が高まっていくのがわかって、テッドは眦を吊り上げた。だが、スノウは穏やかに微笑むと、ポケットから取り出したものをテーブルの上へと置いた―――ランプの光を弾いて輝くそれは、青い宝石のついた指輪だった。
「これでは証にはなりませんか?」
「うむ……」
 男は指輪を手に取り、台座の裏を目にして低く唸る。書状の結びに押されていた印と、寸分違わぬ紋章がそこにあった。
 穏やかな表情のままに、スノウは言う。
「これで信じて頂けないというのでしたら、仕方ありません。僕を殺すなり何なり、好きにすればよい。ですが、それを選択すれば、第四倉庫の鍵は永久にあなた方の手には渡らないということを、どうか覚えておいて下さい」
 慇懃な口調ながら、声には明らかに挑むような響きが感じられる。浩然とした眼差しには、僅かな翳りすらなかった。
 長い長い逡巡の後、男は指輪を卓上に戻し、諦めたように溜息を吐いた。

 

 
NEXT








戻る?

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送