風待月















 慎重な手つきでそっと力を加えると、木製の扉はさしたる音も立てずにゆっくりと前方へ移動した。
 窓辺にはレースのカーテンが引かれていたが、涼を誘うために窓が半分開け放たれていて、部屋は柔らかな光に包まれている。
 少女は眠っていた。穏やかな表情を浮かべた口許の上で長い睫毛が伏せられている。
(よかった……起こさずに済んだ…)
 心中でそう呟いて、ロイはそっと息をついた。
 外出から戻ってくる途中、シルヴァ先生が城内を歩いているのを目撃した。その足でここに向かったのは大正解だったと言えよう。
 足をねんざした兵士が数日前まで奥のベッドを占領していたが、最近は通院に切り替えたようで今日も姿は見当たらない。
(二人っきりだ…)
 改めてそう意識すると、心拍数が急に跳ね上がったような気がした。
(ち、違うぞ、俺は…! 別にやましい気持ちでここに来た訳じゃないからな! 俺は単にお見舞いに…)
 誰にともなく言い訳を始め出して、はたりと本来の目的を思い出す。リオンの寝顔にデレっとしていたせいではないが、両手に持っていた品をすっかり忘れかける所だった。
 衝立ての奥にある診療所に足を踏み入れると、大きな水差しから静かに水を移す。そこに数本の花を挿し入れると、ロイはリオンのベッドの脇にある小机にそっと花瓶を立てた。
 風が吹くと、小さな花弁がふわりと揺れる。
 湖畔の岸辺で見掛けた時、その色がリオンの姿と重なって、ロイの瞳を惹き付けた。
 彼女の動きに合わせてひらひらと舞う可愛らしい布のたなびき。
 その後ろ姿を見るだけで、彼女に微笑みかけられているような気がしてドキドキした。
 実際にはそんなことがあるはずもなく、呼びかけに応じて振り向いた途端に、整った黒い眉がキッとつり上げられ、「ロイ君、また王子のふりして城内をうろついて…! 食堂で無銭飲食なんてしてないでしょうね? これ以上、王子の名を騙って悪さをしたら許しませんからね!」と近からずも遠からずな濡れ衣を着せられるのが常だったのだが…。
 他の奴らはころりと騙されるのに、リオンだけはいつも一目でロイの扮装を見破ってしまう。その事実は彼女がそれだけ深く王子のことを理解しているという表れであったが、同時に自分の存在価値を認められているような気がして、何となくこそばゆいような得意げな感情をロイ自身にもたらした。
(早く元気になってくれねーかな…)
 もう随分見ていない気がする。あのピンク色の蝶々がふわふわと揺れるのを。
 こうして誰にも邪魔されずにリオンの寝顔を眺めていられる時間はロイにとって貴重なものだったが、やっぱり皆の前できびきびと動き回っている姿の方が彼女には似合うと思った。
(さて、そろそろ行くか…)
 誰かに目撃されるのが恥ずかしくて、そそくさと立ち去ろうとしたロイのつま先が不覚にも腰掛けていた椅子の足を引っ掛ける。カタン…という音と共に、木の椅子はロイの退路を阻むように転がった。
(やべえっ…!)
 小声で叫んで振り返った視線の先で、少女の黒い瞳がゆっくりと開く。
「あれ…ロイ君…?」
「おっ、おう!」
 半身を起こしかけた少女に”そのままでいい”と身振りで伝えながら、ロイはぎこちなく頷いた。
「今は…もうお昼過ぎですか?」
 窓辺から差し込む光の角度を確かめて、リオンが問う。
「ああ」
「朝飲んだお薬が効いちゃったみたいですね。普段はこの時間に熟睡したりしないんですけど…」
 申し訳なさそうに言う少女の表情に微かな翳りが差している。
「バーカ! 病人は寝てんのが仕事なんだよ。グースカ寝倒して、とっとと元気になりゃいいんだっ!」
「…ロイ君にばかって言われる筋合いはないです」
 少女の表情がムッとした顔つきに変わるのを確認して、ロイは密かに安堵した。
「バカだからバカって言ったんだよ」
「そんなに連呼しなくてもいいじゃないですかっ」
「何度でも言ってやるよ。バーカ」
「…ロイ君こそ大ばかです」
「おうっ、俺は一度あんたに説教されてるからなっ!」
 開き直ったように言ってみせると、リオンは初対面のやり取りを思い出したのか、くすりと笑ってみせた。
「ええ、あの時のロイ君はおばかさんでした。でも、今は違いますよね。お見舞いに…来て下さったんですよね。ありがとうございます」
 面と向かってお礼を言われて、ロイは思わずあさっての方向に視線を向けた。その先に、自分が生けたばかりの花があるのに気付いて、再び「やべぇ…!」と心中で連呼する。
 案の定、リオンの目線もそちらに向けられていて、少女は桃色の小花をしばらく眺めると、穏やかな口調で問いかけた。
「ロイ君が摘んで来てくれたんですか?」
 認めるのは気恥ずかしいけれど、否定するのも何かカッコわりぃ。
 そんな算段から「お、おうっ!」とぎこちない返事をしてみせたロイに、リオンは少し間を置くと、あどけない笑顔を浮かべて丁寧にお礼を述べた。
 そんな少女の笑顔にほんの数瞬だけれどもボウッと見惚れてしまったロイがいて、惚けてしまった時間を取り繕おうと慌ててもごもごする少年がいて、何を思ったのか後ずさりを始め、転がっていた椅子に足を引っ掛け、盛大に尻餅をついた彼の姿に、つい笑いが止まらなくなった少女がいました。
 穏やかな午後の、にぎやかな病室での出来事です。




 水の囁きに耳を傾けて蕾をほころばせた小さな花は、今は少女の眠る窓際で風の紡ぐ声を聴きながらピンクの花弁を揺らしています。















早瀬けいなさんに頂きましたvv
ロイ&リオンの組み合わせ(カップルでもコンビでも)が大好きなので、
早瀬さんのサイトに掲載されたこの小説を読んで
「このロイ&リオン可愛い!!可愛い!!」と、ことあるごとにラブコールを送っておりましたら、
なんと、プレゼントして頂けるというありがたいお申し出が!!
その場で掲載許可を取りつけ(早い…)、即行で攫って参りました。
あ〜、もう本当にこの2人可愛いvv
素直になれないロイと、素直で愛らしいリオンの遣り取りが何とも言えず微笑ましいですv
ただ様子を見に来るだけじゃなくて、野の花を摘んで持ってくるロイの不器用な気遣いが、可愛くてツボですv
きっと病室の女の子を見舞った経験なんてないんだろうな、これが初めてなんだろうな、
何すれば良いのかわからないから取り敢えず花持って行ったんだろうな、とか考えると、
もうメチャメチャ可愛くないですか?(誰に同意を求めている?)
長々語ってしまいました(汗)本当に嬉しかったです。早瀬さん、ありがとうございました〜!!





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