僕の味方
「やっほ、スノウ♪」 弾むような声に振り返ると、白銀の髪の少女が笑いながらこちらに駆けてくるところだった。 「ジュエル」 「へっへ〜、久し振り。元気そうで良かった」 数ヶ月ぶりに再会した少女は、心成しか背が伸びたようだった。屈託のない笑い方は相変わらずだが、表情や雰囲気は以前に比べどことなく丸みを帯びて女性らしくなってきたように感じられる。 「ラズリルへは、いつ?」 「今朝の便で着いたとこ。アクセ…じゃなかった、島長のお遣いでカタリナさ…じゃなかった、ラズリル騎士団長に書簡を届けにね。まぁ〜ったく、オヤジに似て人使い荒いんだからあの男。でも、用事が済んじゃえば後は自由に出来るから、3、4日程ゆっくりしてくつもり」 「ナ・ナルのご両親とは、上手くやってるのかい?」 「まぁね。相変わらず色々五月蝿いけど。ま、何だかんだ言いつつ気を遣ってくれてるのはわかるから。今まで心配掛けた分、ちゃんと親孝行しなきゃね。…そうそう、聞いたよ。ケネスが騎士団の副団長に任命されたって話」 「正式な就任は来年になってからみたいだけど、それに合わせて騎士団の大掛かりな再編が行われるそうだから、皆その準備に追われているところだよ。館も増築されることになったしね」 「増築工事、スノウも手伝ってるんだってね」 「ああ、これから向かうところだよ」 「んじゃ、館まで一緒に行こっ♪」 スノウが頷くと、ジュエルは書簡の筒を器用に手の中でクルクル回しながら、嬉しそうに微笑んだ。 港に面した大通りには、以前のような活気が戻っていた。海賊の砲撃やクールーク軍との衝突で傷付いた道や建物は、ほぼ元通りに綺麗に修復されている。戦時中はずっと休業状態だった店も、今ではその殆どが営業を再開していた。大勢の人々が通りのそこここを忙しなく行き交い、軒下には世間話を楽しむ女性たちが屯している。見慣れた、平和そのものの光景を取り戻した街の姿に、ジュエルも心からの安堵を覚えていた。 ―――が。 どことなく刺々しい気配を背後に感じてジュエルは振り向いた。道具屋の店先に立っていた買い物客らしい数人の若者が、侮蔑に満ちた眼差しでこちらを見ている。視線が合っても彼らは動じず、嫌な感じのする笑みを浮かべながら聞こえよがしに言った。 「見ろよ。スノウの奴、女なんか連れてやがるぜ」 「売国奴のクセに、やることだけはやってんだな。全く、いいご身分だねぇ」 「国を売った金で買ったんじゃねぇの?恥知らずってのは、ああいう奴のことを言うんだな」 「なっ……!!?何よアンタたちっっ……!!」 瞬時に頭に血が上り、彼らに食って掛かろうとしたジュエルを引き止めたのは、スノウの穏やかな声だった。 「やめるんだ、ジュエル。君が怒る必要はない」 「スノウ!!……いいの?あんなこと言われて!?」 「僕を許せなく思っている人がいるのは仕方がないよ。それだけのことをしてしまったんだからね」 肩に置かれた手を強引に振り払い、息荒く捲くし立てるジュエルに、スノウは怒りも悔しそうな素振りも見せず、ただ静かに微笑んだ。 確かに、スノウが再びこの地で暮らすことに異を唱える声はけして少なくはなかった。その殆どはクールークの侵略によって、何らかの痛手を蒙った人々だ。だが、もしあのとき降伏せず、徹底的に皇国と争う道を選んでいたら、ひとりの死者も出さずに事態を収束するなどということが果たして出来たかどうか。そう思えば、スノウの決断の全てが誤っていたとは言い切れないのではないかとジュエルは考えている。それに、あれからもう1年近くもの月日が流れているのだ。 「納得出来ないよ。スノウだって爵位を返上して、こうして一市民として頑張ってるじゃない!!それなのに…」 「どれほど時が過ぎても、過去の出来事がなかったことになる訳じゃない。僕の犯した罪で傷ついた人がその傷を覚えている限り、僕もまた、忘れることを許されはしない。謝罪の言葉を重ねればそれで済むという問題じゃないんだよ」 気負いもなく紡がれた言葉に、それでもジュエルはかぶりを振る。 「だから、ずっと言われっ放しでもいいってスノウは言うの?たった一度の過ちに、未来も心も全部縛られるような……そんな生き方で本当に良いと思ってるの?」 肩を震わせて俯いてしまった少女の背中をそっと叩いて、行こう、と促してから、スノウは再び歩き出した。その背にも、隣を歩くジュエルの背にも、罵声は尚も追い縋って来たが、ふたりとも歩調を緩めはしなかった。 「何て言ったら良いのかな―――償うっていうのは、これから先ずっと彼らのご機嫌伺いをし続ける、って意味じゃない。今の僕に出来るのは、逃げないことと忘れないことだけだ。顔を上げて、自分の選んだ未来を自信と誇りを持って歩いていく為に、僕は僕の辿ってきた道を忘れないでいようって決めたんだ。犯した罪もそれを背負う覚悟も、全部含めて僕だから。そう認めて歩き続けることが、本当の意味での償いになるんじゃないかって…今はそんな気がするんだ」 「………そっか」 小さな笑みと共に零れた声には、諦念ではなく安堵が滲んでいた。 「スノウさ、何か、格好良くなったね。まー、前から格好良かったけどさ♪」 「えっ…!?」 ころころと笑う声に、スノウは面食らった顔でパチパチと瞬く。その様子が可笑しくて、ジュエルはまた声を立てて笑った。 きっと、これがスノウという人なのだ、とジュエルはそんな風に思う。時に強気で高圧的な物言いが目立っても、彼の傍らはけして居心地の悪い場所ではない。それは騎士団にいた時からそうだった。そしてカルマは、自分などよりもずっとそのことをよく知っていたのだろう。 「スノウ。あたしね、やっぱり怒ることにする」 久方振りに足を運んだ騎士団の館の入り口で、ジュエルは晴れやかな声でそう宣言した。 「ジュエル……」 「だって、スノウはあたし達の仲間だもの。仲間が悪く言われたら怒るのは当たり前じゃない!カルマの味方はするけど、スノウの味方はしないなんて、あたしそんな薄情じゃないもん。スノウは確かに罪を犯したかもしれないけど、罪がスノウの全てって訳じゃないもんね。間違えた部分だけ見てそれでスノウの人格そのものを否定するだなんて、全く失礼な話よ。ほら、昔から言うじゃない、罪を憎んで人を憎まずって」 「………」 「だからさ。あたしもカルマも…皆も、いつでもスノウの味方だからね。嫌がらせされたりしたら、我慢しないでちゃんと言うのよ。ナ・ナルからだって直ぐに駆け付けて来るからさ!」 子供の喧嘩じゃないんだから、と苦笑しつつも、その真っ直ぐな言葉がスノウには嬉しかった。 ジュエルの生き方には虚飾がない。彼女はいつも本気で全力で誰かの為に笑って泣いて。そこには一点の打算も存在しない。 スノウはずっと疑問に思っていた。あの時―――カルマがグレン団長殺害の疑惑で流刑となった時、ケネスとジュエルは騎士団員の地位を捨て、彼と行く先を共にする道を選んだ。カルマの無実を信じていたからとは言っても、碌に食料も航海用具も与えられない流刑船に自ら乗り込むなど、正気の沙汰とは思えない。何故他人の為にそこまで出来るのか―――騎士団に入る以前からカルマと親交のあったらしいケネスはともかく、何故ジュエルが彼に付いて行こうと思ったのか、スノウにはわからなかった。 だが今は―――何となくわかるような気がする。 「あの……ジュエル」 じゃあね、と手を振って館内へと入ろうとするジュエルを、スノウは思わず呼び止めていた。何?と振り向いた瞳は、やはり朗らかに笑んでいる。カルマも、この笑顔に救われてきたのだろうか。ふと、そんな風に思った。 「新しい館が完成したら―――見に来てくれないか?僕だけの力で作ったんじゃないけど…それでも、ほんの僅かでも僕の力が支えになって出来たものがこの世界にあるんだってこと、僕にも出来ることがあるんだっていうことを、君に見て貰いたいんだ。―――良いかな?」 「勿論!完成したら一番に連絡してね。飛んでくるから!」 嬉しそうな声と力強い頷きを残して館内に消えた後姿を見届けてから、スノウは再びゆっくりと歩き出した。 躓いたその事実だけが、人間の本質を決めるのではない。躓いても、転んでも、また立ち上がればいい。やり直せばいい。 けれど、それが出来るのはきっと、信じて支えてくれる人がいるからなのだろう。 いつかは僕も、誰かを支えられる存在に。 祈りを込めて小さく呟き、スノウは踏み出す足に力を込めた。 ちっぽけな自分のこの手を、必要としてくれる場所へ向かって。 |
ブログでだかだか打ってた話ですが、思ったより長くなったのでこっちにアップしてみました。
(前にもあったなこのパターン…)
久し振りの更新ですが、代わり映えのしない話で申し訳ありません;
戦後のスノウはこれぐらい強かだと良いと思います(笑)
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