2.




 ―――どこからか、カッコウの鳴き声が聞こえてくる。
 木々の香り。柔らかな下草の感触。落ちかかってくる光は、閉ざした瞼を透かしてもはっきりとわかる木洩れ陽のそれ。草原の下に黒々と広がっていた森のシルエットが脳裏に浮かんだ瞬間、夢現を漂っていた意識は現実に引き戻された。
 はっと顔を上げたコルセリアの目にまず最初に飛び込んできたのは、傍らに倒れていた黒衣の少年だった。その身体はぐったりと弛緩し、栗色の髪は乱れて蒼白な頬の上に降りかかっている。自分が彼の腕に抱きとめられた格好で倒れていたことに気が付いて、コルセリアは瞬時に状況を理解した。
 ―――まさか、私を、庇って……?
「カルマさん…!大丈夫ですか?」
 慌ててコルセリアは彼の身体を揺さぶった。う、と呻き声が唇から洩れ、眉が苦しげに寄せられる。森の匂いの中に紛れた微かな血臭が鼻腔を掠め、コルセリアはドキリとした。
(怪我をしてる―――!?)
 コルセリアは視線を走らせ、そしてカルマの背から流れ出たものが、地面に赤黒い染みを作っているのを見付けた。
「やっぱり……!」
 すぐに手当てを――と上着を脱がせかけたコルセリアの手を、一回り大きな手が止めた。
「いい……大丈夫…だから…」
 薄らと開かれた瞼の下から、穏やかな碧い瞳がこちらを見詰めていた。触れてきた手を、コルセリアは思わず握り返す。
「カルマさん…」
「古傷が……開いただけだ……。大したことない…」
 カルマはゆっくりと身体を起こしたが、すぐに顔を顰めて、傍らの岩に背を預ける格好で凭れ掛かった。その岩の表面に、真新しい血痕が点々と付着しているのを見付けて、コルセリアは小さく息を呑んだ。間違いない。落下の際、カルマはここに背中を強く打ちつけたのだ。
「ど…どう見たって、大丈夫じゃないです!古傷って言ったって、それだけ出血してるんだから、相当深い傷だったんでしょう?それに、痕になってしまった傷は組織が損傷したままの状態で定着してしまっているから、回復魔法では完治させることが出来ません。傷口が広がらないようにきちんと固定しないと、治るものも治らなくなりますよ!」
「わかってる。わかってるけど……この傷だけは、誰にも触れさせたくないんだ…。ごめん、コルセリア」
 頑なに首を振るカルマに、コルセリアは大きな溜息を吐いた。
「わかりました…私は傷に触りません。でも…キャラバンに戻ったら、ユウ先生にきちんと診て貰うことを約束して下さい。無事にグラスカに辿り着くまで、あなたに倒れられては困るんです」
 仕方ない、といったように、カルマは口許だけで小さく微笑った。
「『優しさの雫』を掛けておきます…止血ぐらいなら出来るでしょうから…」
 傷があると思われるところに慎重に手を当てながら、コルセリアは突き放したような声で呟いた。怒っていいのか泣いていいのかわからなくて、コルセリアは口許を歪めた。俯いたその顔が必死に涙を堪えていることを気配で悟り、カルマは何とはなしに面映い気持ちで、ありがとう、と囁いた。だが―――気丈に振舞う少女を穏やかに見守っていた碧い瞳を、不意に鋭い光が駆け抜ける。
「?…どうかしたんですか……?」
 突然、緊張した面持ちで身体を強張らせたカルマに、コルセリアは当惑気味に訊ねた。それには答えず、黙って耳をすませるような仕草をしたカルマは、ややしてその柳眉を曇らせた。「拙いな…囲まれた」
 え?と瞠目したコルセリアの耳に、その時、草を踏み分けるような足音が聞こえてきた。足音は次第に大きくなり数を増し―――そして木立の間から、武装したクールーク兵が数人、バラバラとその姿を現した。
「ここで何をしている?」
 独創性のない台詞に続いて、剣の切っ先が一斉に突き付けられる。「この森は元老院の直轄地だ。一般人が立ち入ることは禁じられている」
「こ…故意に踏み入った訳ではありません。事故です」コルセリアはカルマをさっと背後に庇うと、必死に兵士たちを睨み付けた。「乱暴なことはしないで下さい!この人は怪我をしているんです!」
「何だ?そんな小さな子供に庇われて、情けないヤツだな」兵士たちの嘲笑が響いた。「元老院の命は絶対だ。例外はない」
 コルセリアは唇を噛んだ。自分の魔力では、とてもこれだけの数の兵士を相手に戦うことは出来ない。傷を負っているカルマも同様だ。身分を明かして助命を乞うたところで、今のこの状況で信じて貰える訳もないだろう。
 ならば……せめて部外者である彼だけでも。
「殺すのならば、私だけにしなさい。この人に触れることは許しません」
 小さな身体で、それでも一歩たりとも引こうとしない少女の健気な姿に、兵士たちの反応はふたつに分かれた。小娘が何を生意気な、とせせら笑うものと、こんな小さな子供まで殺すのか、という同情の様相を示すものと。
 正面に立った隊長らしき兵士が、ふんと鼻を鳴らした。
「殊勝なことだ。まあ、すぐに殺さずとも良いだろう。元老院まで連行しろ。実験に使える人間はまだまだ不足しているそうだからな。縛って馬車の荷台にでも押し込んでおけ」
 コルセリアは抵抗しようとしたが、カルマに手を掴まれて我に返る。この緊迫した状況でも、彼の表情は落ち着いていた。大丈夫だから、というように、カルマはコルセリアに小さく笑い掛けた。
 隊列は十数人の兵士と数台の荷馬車で為っていた。手首を縛られ荷馬車に押し込められる直前、別の馬車の荷台に掛かっていた幌が風で捲れ、コルセリアは思わず声を上げかけた。覆いの下からちらりと覗いたそれは、紋章砲だった。国境の戦いの時に目にしたものよりは小型だったが、その独特のフォルムと胸を圧迫するかのような威圧感は、見間違いようもなく健在だった。
「紋章砲の運搬部隊―――」
 移動を始めた馬車の中で、コルセリアは低い声で呟いた。
 この国を崩壊へと導く悪魔のような兵器が、今正に自分たちの傍にある。
 背筋を、冷たい汗が滑り落ちた。
「何とか、この隊を止められないでしょうか?」
「―――そうしたいのはやまやまだけど…剣を取り上げられてる今の状態で、下手に動くのは得策じゃない。……いなくなった僕たちを探してるだろう他のみんなが、この隊列を見付けてくれることを期待したいところだね」
 何を呑気な、とコルセリアは憤慨したが、だからといって自分に何が出来る訳でもない。むっすりと黙りこくって、コルセリアは荷台の隅に座り込んだ。不機嫌さを強調するかのように唇をへの字に結び、ぎゅっと瞳を閉じる。真っ暗な視界の中に、カルマの声が歌うように響いた。
「大丈夫だよ。諦めなければ、必ず機会は来る。必ず守ってみせるから」
 そんな身体で何を言うのか――彼が怪我をした理由を脇に押しやって、コルセリアは唇の中だけで毒づいた。けれど、繰り返されるその言葉を聞いているうちに、気持ちは不思議と落ち着いた。柔らかなその声は、どことなく、寄せては返す波の音に似ていた。
 大丈夫。大丈夫。きっと守ってみせるから―――。




 揺れに身を任せているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。コルセリアが目を覚ましたときは、馬車は歩みを止めていた。陽は既に落ちたらしく、周囲はすっかり暗くなっている。一瞬、夜営地に着いたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。カルマが険しい表情で、幌の隙間から外の様子を伺っている。何かあったのか、と訊ねる前に、彼の碧い眼差しがコルセリアを振り返った。
「仲間割れだ」
「えっ?」
「何人かの兵士が紋章砲を奪取して、隊からの離脱を図ったみたいだ。阻止しようとした他の兵士たちと衝突して、混乱が起きている。抜け出すなら、今しかない」
 縄を解くから手を出して、と言われ、そこでコルセリアは初めて、カルマの戒めが外れていることに気が付いた。その手首には、縄の痕がくっきりと痛々しく残されている。見れば、眠りに落ちる前に彼が座っていた場所に、ぼろぼろになった縄が落ちていた。恐らく木箱の角に擦り付けて切ったのだろう。諦めない、と繰り返し呟いていた、波音のような声をコルセリアは思い出した。
「……行くよ!」
 外に飛び出した瞬間、むっとした熱気が吹き付けてきた。横倒しに破壊された馬車があちこちで火の手を上げる中で、激しい剣戟が繰り広げられていた。悪臭を孕んだ熱風。飛び交う怒号と悲鳴―――。それは正に地獄絵図というに相応しい光景だった。散乱する骸の中に、あの魚人と呼ばれる哀れな生き物のそれがあるのを見付けて、コルセリアは総毛立った。
「………!」
 反射的に振り向いた先に、それはあった。全ての元凶たる魔性。人をこの世ならぬものに貶める破滅の権化。その傍らでは妄執に憑かれた兵士たちが、耳障りな笑い声を上げていた。
 周囲では、人の姿と理性を失くしたものたちが、兵士たちと激しい戦闘を繰り広げている。白刃が魚人の上に振り下ろされるたび、不気味な呻き声が響き渡り、腐った肉のような不快な臭いが撒き散らされる。炎の照り返しを受けて揺らめく異形のシルエットは、悲哀を通り越してただおぞましかった。
「邪魔をするな!」砲台に取り付いた兵士が、狂ったように叫んだ。「これさえあればイスカスなど敵ではない!ヤツの悪逆無道な行いには、最早我慢がならぬ。ヤツを皇都から追い出せ!」
「贅の限りを尽くし民を省みない議会など、滅ぼしてしまえ!義は我らにあり!これ以上長老派の連中に好き勝手な真似はさせんぞ!」
「皇都へ攻め入れ!議会を倒せ!」
 倒せ!倒せ!―――叫び声は木霊して、脳髄をぐるぐると駆け巡る。コルセリアは激しくかぶりを振った。自分の名を呼ぶカルマの声が聞こえたような気がしたが、それすらも意識の外に追い出して、耳を塞いで蹲る。
 何故…!?
 同じクールークの民でありながら、このような殺し合いをせねばならないのか。
 虐げられてきたから?奪われ続けてきたから?ならば、奪い返せるだけの力を得れば、何をしても良いというのか。相手を一方的な暴力で捻じ伏せようとする行為が、自分たちが悪逆と蔑む長老派のしているそれと同じであると、彼らは何故気付かないのか。
 ―――いや、そもそも同胞である彼らの生活を脅かしてまで、群島や赤月との戦を繰り返してきた議会に、クールーク皇王家に、存在する価値があるのか。
 何が正しくて、何が間違っているのか。歪んでいるのは力なのか人なのか。何故止められない、何故元に戻らない、何故誰もが自分のことしか見ようとしない?
 わからないわからないわからない。何も見たくない聞きたくない知りたくない。もうたくさんだ何もかも消えてなくなってしまえばいいこんな国滅んでしまえばいい―――!!
 集束していく力を間近に感じて、弾かれたように顔を上げ、コルセリアの青い瞳は限界まで見開かれた。紋章砲がこちらに向けられている。兵士の狂気に燃える瞳と、形容し難い不吉な色の光芒を放ち始めた砲筒が、網膜にくっきりと焼き付いた。
 至近距離。避けきれない。恐怖に全身が凍りつく。
 足元に累々と横たわる魚人たちの骸。
 …トロイ。この国はこうなる運命だったのですか?これが私の末路だと、あなたは知っていたのですか――?
 絶望に塗り潰されていく視界の中に、不意に、黒い影が割り込んだ。吹き付けてくる熱風に紅いバンダナを翻らせながら、黒衣の少年は左手を紋章砲に向けて翳す。
 首と右腕のない天使の幻が、その背に重なって見えた―――その瞬間、発砲の閃光と轟音が世界の全てを飲み込んだ。
 光も影も音も、全ての感覚が消えてなくなり―――そしてまた、徐々に戻ってきた現実に、コルセリアは漸く目を開けた。
 その場にいた全てのものが息を呑む。
 砲の直撃を受けたというのに、彼は全く変わらぬ姿で、悠然とそこに立っていた。その後姿を呆然と眺めやって、コルセリアははっと我に返り、視線を下げて恐る恐る自分の手を見詰めた。どこも…何も変わっていない。自分もまだ、人の姿のまま、この世界に存在を許されている。
 彼が…守ってくれたのだ。その左手に宿った力で。
 紋章砲の相殺など、人の身には絶対に叶わぬ芸当だ。
 人が持つことを許されぬ力。
 ならば、それを持っている彼は―――既に人ではないのかもしれない。
 畏敬とも恐怖ともつかぬ念に、コルセリアは戦慄した。
 兵士たちは、蒼白な顔を恐怖に引き攣らせ、カルマから遠ざかるようにじりじりと後ずさりした。紋章砲の背後に控える兵士は、引鉄を再度引くべきかどうか迷った。しかし、撃ったところで効果がないのはわかっている。手に入れたと思った力、それを遥かに上回る力の発現を目の前にして、兵士たちは殺し合いも忘れて震え上がった。
 だが、カルマは左手を再び振り下ろしはしなかった。
「静まれ。剣を向ける相手を見誤るな」
 穏やかな海原を思わせる声は、酷く静かで淡々としていて。落ち着いた口調と表情には、居丈高なところは微塵もなく…どこか人を安堵させるような、それでいて、けして逆らうことを許さぬ風格があった。
「力に溺れ、弱きものを踏み躙るのが、誇り高きクールーク兵のすることか。果てのない憎悪と悲しみを生み出す力、そんなものを駆使して作り上げた世界が、本当にあなたたちの望むものか。守りたいものがあるのなら、為すべきことを間違えるな。己が人であることを忘れるな」
 しん…と、周囲は水を打ったように静まり返った。
 コルセリアは息をするのも忘れて、佇む彼の横顔を見詰めた。先ほど感じた恐怖は、今は綺麗に消えてしまっている。視線に気付くと、カルマは少し微笑って、蹲ったままのコルセリアに手を差し伸べた。その遣り取りを固唾を飲んで見詰めていた兵士のひとりが、不意に叫び声を上げる。
「皇女殿下…?コルセリア様!!」
 どよめきが走る。兵士たちは次々とその場に片膝を付き、頭を垂れた。
「我ら、皇王家に忠誠を誓いし身でありながら、臣下としての本分を弁えず御前を騒がせたこと、深くお詫び申し上げます。しかしながら、これも皆、国の行く末を案じてのこと。お願い申し上げます、殿下。どうか皇王陛下に争乱の元凶たる議会の解散を御注進頂き、この国に再び平和と秩序とを取り戻して下さいませ。その日が来るまで我ら一同、全身全霊で殿下をお守り申し上げます」
 兵士たちの涙ながらの訴えを、コルセリアは信じられないような気持ちで聞いていた。何と答えて良いかわからず固まったままの肩に、そっと優しく手が置かれた。見上げれば、鮮やかな碧の瞳が静かに微笑みかけてきた。
「彼らは選んだ。次は君が決める番だ。自分が正しいと思う道を進めばいい。君が自分を見失わない限り、彼らは君を信じてついてきてくれるだろう―――彼らは…君の民だよ。コルセリア」
 優しく、力付けるように語り掛けてくる声に、思わず滲みそうになる涙を、コルセリアは唇を震わせて堪えた。




 運搬途中であった紋章砲の全てをこの場で破壊させ、コルセリアは兵士たちに皇都へ行くように命じた。殿下も共に皇都へ―――と望む彼らに、しかしコルセリアは首を横に振った。
「私はキリルと約束しました。共に皇都へ行こうと。イスカスの軍勢と対峙するには、彼の力がどうしても必要なんです。あなたたちは先に行って、お祖父様に事態を報告して下さい。一刻も早くグラスカを離れ、身を隠すように、と。私たちがイスカスを倒すその時まで」
 森を抜ければ、地平の彼方まで続くかと思われる平原が広がっている。皇都のある方角へと、土煙を蹴立てて駆け去っていく兵士たちを見送って、コルセリアは独り言のような小さな声で呟いた。
「もう、手遅れかもしれないけれど…壊れてしまったものは、元には戻せないかもしれないけれど…それでも、最後の最後まで諦めたくはないんです」
「それでいいと思うよ。絶望してしまったら、その瞬間に全てが終わる。君が諦めない限り、希望はあるのだから」
 静かな面差しでそう答える少年を、コルセリアは躊躇いがちに見上げた。
「カルマさん…」
「――何?」
「すみませんでした」コルセリアは気恥ずかしそうに瞳を逸らし、俯いた。「…あんな酷いこと言ってしまって…。人が本来持つべきでない力が、人をどれほど狂わせるものなのか…そして、それを持ちながら自分を失わずにいることがどれほど大変か…私、全く理解していませんでした。あなたがいてくれなかったら、どうなっていたことか……」
 打ちひしがれた少女に、カルマは言った。
「僕は切っ掛けを与えたに過ぎない。彼らは自らの意志で、自我を取り戻したんだ。他の存在を圧倒する力、その誘惑…でも、それに打ち勝てる強さを、人ならば誰もが持ってるんじゃないのかな。大切なのは、自分は自分であると忘れないことだと―――僕は、そう思っている」
 そこで一旦言葉を切り、少女の頭を優しく撫でてから、カルマはふっと南の方角を見詰めた。
 遠く陸地に阻まれ見えずとも、その眼差しの先には、海がある。
「トロイは、エルイールの巨大紋章砲の力を知りながら、けして、それを自分の持ち駒だとは考えなかった。どこまでも艦隊戦に拘り、剣に拘り、最期の瞬間まで自分自身の意志で生き抜き、そして果てていった。全てを破壊し尽せるほどの巨大な力ですら、彼を取り込むことは適わなかったんだ。今更こんなことを言っても、君には何の慰めにもならないだろうけど……彼は―――本当に強い人だったよ」
「はい―――」
 誇り高き皇女は、泣き顔を見られたくはないだろう。鼻を啜り上げる音に気付かぬふりをして、カルマは薄く瞳を閉じた。
 人が人である為に。自分が自分である為に。
 二年前―――僕はこの左手で、多くの人間を焼き払った。
 戦争だからだというが、そんなものは言い訳に過ぎない。人間の勝手な都合など、紋章には何ら関係ない。これと、イルヤを焼いた炎に、違いなど何もありはしない。僕は、人が手にするべきではない力で、大勢の命を殺めた。それが事実だ。
 いつか―――僕にも来るのかもしれない。報いを受ける時が。その時まで…僕は二度とこの左手を、人を傷付ける為に使わないと誓う。
 この力を…けして、自分の為には使わないと誓う。
 もし、僕が誓いを忘れ、自らの欲望のままに力を振るう悪鬼と成り果てたなら。
『罰』よ。その時は、躊躇うことなく僕を殺せ。
 その業火を以って、僕の魂を肉体ごと―――塵ひとつ残すことなく焼き尽くせ。
 そんな日が来ることのないように―――僕は僕の意志の及ぶ限り立ち続けよう。
 世界から目を逸らさぬよう。真っ直ぐに顔を上げて。
 だらりと下がった左手に、そっと労わるように触れてきた小さな掌が、感慨に泥む意識を現実に引き戻した。神妙にこちらを見上げてくる彼女の青い瞳は、もう濡れてはいなかった。
「あの…いつまでここにいるんですか?皆を探しに行かなくては…」
「ああ、それなら大丈夫だよ。そろそろ来る頃だから―――ほら」
 カルマが指し示した方向を見て、コルセリアは思わずあっと声を上げた。朝陽を浴びながら、天の高みより一羽の巨鳥が舞い降りてくる。その背に跨る金髪の青年の顔を見分けられるようになるまで、時間は然程掛からなかった。
「どうしてわかったんですか?迎えが来ること」
「周囲に遮るもののない広い場所に出さえすれば、スノウならきっと、僕たちを見付けてくれると思ったからね」
 理屈抜きの信頼に溢れたその声を聞いて、コルセリアは何となくわかったような気がした。
 人を超えた力をその身に秘めながら、彼が尚、自らを失わずにいられるその理由が。
「コルセリア…僕の怪我のこと、スノウには…」
「わかってます。ユウ先生以外の誰にも言いません。カルマさんの服は黒いから、ぱっと見ただけでは血の染みもわからないですし。きっとバレませんよ」
「良かった―――ありがとう」
 まるで悪戯を叱られずに済んだ子供のようにあどけない笑顔を見せる彼に釣られて、コルセリアも笑った。穏やかに笑み交わすふたりを見て、駆け寄ってきたスノウは目を丸くする。
「あれ?ふたりとも、いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「何言ってるのスノウ?僕たちは、ずっと前から仲良しだよ。ね、コルセリア」
「はい、カルマさん」
 スノウはポカンとしたが、ふたりが良いと言うならそれで良いか、ということで納得したようだった。
「何にせよ、無事で良かったよ。本隊はここから少し北に行ったところで待機している。信号弾を預かって来たから、早く知らせて迎えに来て貰おう」
 いそいそと信号弾の準備を始めたスノウに頷きを返してから、カルマはもう一度、海の方角を振り返った。






 目を閉じれば、今でもありありと脳裏に蘇ってくる。
 炎上する艦と共に、海の底へと消えた彼。
 どこまでも誇り高く、自分の生き様を貫き通した黒衣の騎士。
 そんな彼の眠る海が、せめて穏やかであるようにと―――。帽子の代わりにバンダナを外し、カルマは海に向かって短く黙祷した。















カルマの背中の古傷の訳は「未来絵図」参照のこと。

サイト開設3周年に合わせるつもりが大遅刻。す、すみませ…!
執筆の切っ掛けは、突然舞い降りたトロイ×コルセリア萌え。
幼い姫に忠誠を誓う黒衣の騎士というシチュエーションって良いよね…!と。
で、想い人の仇ということでコルセリアが4主を憎んでたり…というのもありかも、と思ってだかだか書いてたのですが
途中の展開がどうにも気に入らなくてザックリ消しては書き…ということを繰り返してたら遅くなりました…(爆)
タイトルの「カメリア」は椿の意。花言葉は「高潔な理性」で何となくトロイのイメージ。
マイブーム的な話で申し訳ありませんが、少しでも楽しんで読んで頂けたら幸いです。
このサイトに来て下さる全ての方に、愛を込めてv






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