2.




「さて、折角ここまで来たんだから、美味しいものでも食べてから帰ろうか。ロイ君、何かリクエストはある?レルカーはファレナの南の玄関口、様々な種類の食材が各地からいっぱい入ってくるからね。肉料理でも魚料理でも甘味でも、なんでもござれだよ」
 飲食店の立ち並ぶ通りを歩きながら、カイルは得意そうに俺を振り返った。ちょうど小腹も空いてきたし、段々意地を張るのも馬鹿らしくなってきた俺は、素直に首を巡らせて美味そうなものはないかと探した。そのとき。
「何だとこの野郎っ!!もういっぺん言ってみろっ!!」
「ああ何度だって言ってやる!!おまえみたいな腰抜けに嫁いでくるようなもの好きな女なんざ、この街にゃひとりもいねえんだよ!!」
「んだとお…!!実家の金で女遊びしてるような貴様が、偉そうな口を利くなっっ!!」
「あちゃ〜……」
 突如背後からけたたましい怒声と何かの割れるような音が響き、カイルは首を竦め、困ったように頭を掻いた。
 騒音の元は酒場のテラス席だった。ふたりの若い男がつかみ合いの喧嘩を始めている。さっき聞こえた会話の内容からして、揉め事の原因は女なんだろうけど。全く、いいトシした大人が、昼日中からみっともねぇったらありゃしねぇ。
「やれやれ、こんな陽の高いうちから困った連中だな。酔っ払うにゃまだ早いでしょうに。気付かずに通り過ぎられれば良かったんだけど、見ちゃった以上は放っておくわけにもいかないね。ロイ君、ちょっとここで待っててくれる?」
 カイルはそう言うなり、足早に酒場に向かっていく。軽いだけの男に見えて、実は案外マメな奴だ。結構貧乏くじを引かされるタイプなのかもしれない。
 手持ち無沙汰なままに、その場にぼんやり立ち尽くして待ってると、ふいに背後から服の裾を引かれた。
「お兄さん。暇ならあたしのお店で遊んでいかない?」
 振り返ると、胸の大きく開いた服を着た、如何にも酒場女といった感じの女が立っていた。化粧の濃い顔を摺り寄せ、妖艶な仕草でしなだれかかってくる。俺は思わず後ずさった。
「けけけ結構ですっっ!!」
「そんな冷たいこと言わないで。目一杯楽しませてあげるから。ほら、行きましょう」
 必死に身体を遠のけ、追い払おうとしたが、女は強引に俺の手を取って、あらぬ方向に連れていこうとする。俺は手を振りほどき、女から逃れようと手近な路地裏に逃げ込んだ。
 その途端。
「よお坊主。いいとこに来たなおまえ」
 人相の悪い、数人の男たちにあっという間に囲まれちまった。待ち構えていたとしか思えないタイミングに、俺は歯軋りする。畜生、グルだったんだな、あの女。
「なあ、困ったときはお互い様ってのが、世の常、人の常だよな。見てのとおり俺たち、金に困ってんだよ。こうして行き会ったのも何かの縁、おまえのその財布の中身、俺たちにちいとばっかし分けてくれや」
「な…ふざけんな!!人に分け与えられるほど金なんか持ってねぇぞ俺は!!大体、何で俺みてぇなガキに金せびんだよ。もっと蓄えてそーなヤツがわんさかいるだろうが、この街にはっ!!」
「ふざんけてるのは、おまえのほうだぜ、ガキんちょ」
 男のひとりが、背後から俺の肩を掴んだ。
「こんな高価そうな剣を、人目につくところで、堂々とぶら下げて歩いてんだ。金がない訳ないだろう、ああん?」
 男の下卑た視線が俺の腰に注がれている。そこには王子さんに貰った短剣が括りつけられている。俺ははっと息を呑んだ。
 俺が得意とする武器は連結式三節棍だが、こいつは手元に飛び込まれると弱いし、デカくて目立つから、もし公式の場に立つような事態になったときは持ち込むことが出来ない。いざという時にはこれで身を守るといい―――そう言って王子さんが俺に渡したのは、王家の紋を刃に彫りこんだ短剣だった。鞘と柄には銀で細かい装飾が施され、ところどころにはさり気なく宝石も埋め込まれている。派手な作りじゃないけど、どう見てもそこらで買えるような安物ではないことだけはわかる。
 人通りの多い街を歩くには邪魔だし――ということで三節棍を持って来なかった俺は、代わりにコイツを護身用にと腰に下げていた訳だ。誰が見てるかなんて考えもせずに―――俺はこの時ばかりは、自分の迂闊さを心底呪った。
「言い逃れは出来ねぇぜ。痛い目を見たくなかったら、さっさと金を出しな」
「…っ!!冗談じゃねぇ…誰がおまえらなんかに…!!」
 咄嗟に肩を掴まれた手を振り払って逃げようとしたが、周囲は完全に囲まれており、俺は為すすべなく取り押さえられた。ふたりがかりで羽交い絞めにされてもがく俺の下っ腹に、無骨な拳が容赦なく叩きつけられる。
「ぐっ…!?…か…はっ………」
 失神には至らなかったものの、息が詰まって俺は噎せた。目の前が一瞬白く染まり、口の中に胃液の臭いが込み上げてくる。足に力が入らない。
 ………チキショウ……ざまあねぇな………。
 朦朧としかけた意識の上に、その時、飄々とした声が落ちてきた。
「はい、そこまで」
 周囲がどよめいたのがわかった。言うことをきかない身体を叱咤して顔を上げた俺は、霞みがかった視界の端に、金髪ロン毛の優男が立っているのを見た。
 ………ったく。毎度毎度、本当に狙ったようなタイミングで現れやがるぜコイツは……。
 予期せぬ闖入者に、男たちは瞬時に殺気立った。「ダレだてめえはっ!?」
「通りすがりの正義の味方、ってことで、ひとつよろしく。で、そこの坊やは俺の連れなんでね。そろそろ返して貰えると助かるんだが」
「んだとぉ!?こっちの獲物を横取りしようってのかい?」
「馬鹿なこと抜かしてねぇで、怪我しねぇうちに、とっとと帰んな!」
「怪我しないうちにやめといたほうが良いのは、あんたたちのほうだと思うんだけどね。言ってもわからない奴には、悪いけど俺も手加減しないよ?」
 拳を振り翳し、男たちは、カイルに向かって駆けた。最初の一撃を、カイルは難なくかわし、次に掴みかかってきた男の手を逆に捩じ上げて、肩に手刀を叩きつけて昏倒させる。腰の剣を抜きもせず、それでも息ひとつ切らさず、カイルは向かってくる男たちを次々と倒していった。肘鉄が、膝蹴りが、背負い投げが鮮やかに決まるたびに、戦意を喪失した連中がほうほうのていで逃げて行く。
「さて、その子を放して貰おうか?」
 キザな笑みを向けられて、俺の両腕を掴んでいた奴らも、大慌てで逃げ出し、支えを失った俺はへなへなとその場に座り込んだ。張り詰めていた気持ちが一気に緩み、安堵と脱力感で、まともに顔も上げられない。
「大丈夫、ロイ君?」
 男たちが全員去ったのを確認して、カイルは地面に片膝をつき、俯いた俺の顔を覗き込んでくる。気遣わしげに背中を擦ってくれるその手がやけに頼もしく思えてしまって、気恥ずかしくなった俺の口から素直な礼の言葉は出てこなかった。
「………ちぇ………気取ってんじゃねぇよ……バーカ……」
「へらず口が叩けるのなら、心配は要らないね」
 背中を擦り続ける手は、軽い口調とは裏腹に優しい。何度か大きく深呼吸して、漸く落ち着きを取り戻した俺は、カイルの手を借りて立ち上がった。
「戻ってきたらロイ君の姿が見えないから心配したよ。こんな人混みの中でひとりにしてしまった俺の責任だね。すまなかった」
「……悪ぃ……俺が何も考えずに、こんなもの腰に下げてたから……」
 情けないのと罪悪感とで胸が詰まり、こう言うのが精一杯だった。王子さんに迷惑は掛けないって、大見得切っておいてこのざまだ。もしコイツがいなかったら、どんなことになっていたか、想像するだに恐ろしい。
「やー、それにしても危なかった。間一髪だったね」
 落ち込んだ様子の俺を励まそうと思ったのか、カイルが声の調子を変えた。
「間に合って良かったよ。大事なロイ君にもしものことがあったら、王子に申し訳が立たないからね」




 ――――大事なロイ君。
 ――――王子に申し訳が立たない。




「………………そういうことかよ」
 辛うじて耳に届いた声は、今まで聞いたこともないほどに暗く低く――――。
「…え?」カイルが目を丸くして俺を見詰めるのを見て、漸く俺は、それが自分の唇から転がり出た言葉だと気付いた。
 ……そうか。そうかよ。そういうことかよ。
 アンタが優しかったのは、結局は―――それが理由だったのかよ。
 アンタが守ってたのは…『俺』じゃなくて、『影武者』だったって……そういうことかよ……!!
 ここに来てから、ずっと楽しかったから……忘れていた。
 コイツが、女王騎士だってこと。
 何よりも王子さんを優先するのが、コイツにとっての当然なんだってこと。
 ―――何かが、俺の中で、音を立てて弾けた。
「何だよ…!!デートだなんて言って、人のこと過保護に追い回しておいて……結局、それがアンタの本音だったんだな!!」
 気持ちが悪い。頭の中がぐらぐらして、何を言いたいのか自分でもよくわからない。胸の中で何かが暴れてるみてぇな感触。ムカつき。眩暈。頬が熱い。
「ロイ君………!?」
 もうこれ以上、コイツの傍にいたくなかった。困惑顔のカイルにくるりと背を向けて、俺は船着場に向かって一目散に駆け出した。






 山向こうに落ちていく夕陽が、周囲の景色を茜色に染めている。照り返しを受けてキラキラと輝くセラス湖の上に、シンダルの遺跡だという城は黒く長い影を映していた。
 湖岸は野草の生い茂る緑の絨毯だ。一面の緑の合間に、綻び始めた菫の紫が点々と散らばっている。もう少し経てば、きっとこの辺りは鮮やかな春の花でいっぱいになるのだろう。
 草の上に腰を下ろし、両手に持った紙包みごと膝を抱え込んで、俺は赤くさざめく湖面をぼんやりと眺めていた。水面を流れていく木の葉の軌跡を目で追いながら、俺は遣る瀬無い溜息を吐いた。
 色んな気持ちがぐるぐるしすぎて、頭のどこかが麻痺しちまったのかもしれない。胸にポッカリ開いてた穴の中を、今度は風がひゅうっと音を立てて吹き抜けて行くような、そんな感じ。切れ切れの思考の中で、先程の記憶だけが、やけに鮮明に何度も何度も再生される。
 アイツが悪い訳じゃない。アイツは女王騎士として、当然のことをしてただけ。
 影武者の意味を知っていて、ここに来たのは俺自身の選択。
 差し伸べられた手を振り払ったときの、アイツの呆然とした顔。
 きっと、傷つけた。
 ―――バカだ、俺。
 抱えた膝に顔を埋めた、その時。
「こんなところにいたんだ」
 唐突に掛けられた声に、心臓が飛び跳ねたのがわかった。
 嘘だろ?こんなところにまで来るなんてさ。んなお約束の展開、三流芝居の脚本じゃあるまいし…唇のうちで悪態を吐いてみても、背後の気配は消えない。
 どんな表情をすればいいのかわからなくて、俺は顔を上げることが出来なかった。
「先に戻って来てたんだね。どこへ行ったのかと心配して、あちこち探しちゃったよ。ま、何にせよ、無事で良かった」
 置いていかれたことを怒っている様子はない。見なくてもわかる。黄昏の中、コイツはきっと、相変わらず優しい笑みを浮かべているに違いない。
 ………でも。
「アンタが心配なのは、俺じゃなくて、王子さんだろ……」
 思わず零れた呟きに、カイルは一瞬、呆気に取られたように息を呑み、続いて、弾けるように笑い出した。
「ああ、なるほど。ロイ君が怒ったのはそういう理由か」
 頬が、カッと紅くなるのがわかった。
 しまった。…こんな奴の前で、何を口走ってんだか、俺は。
 益々顔を上げられなくなってしまった俺の隣に、カイルは寄り添うように座り込んできた。肩を抱いたり、顔を覗き込んだり、そんな如何にもな距離の詰め方はしなくて。ただ、隣に。触れるか触れないかのギリギリの位置に。
「ロイ君さ、ここ好きだよね。晴れた日に、よくここに座って湖と城を眺めてるでしょ」
「……なんで、アンタがそんなこと知ってんだよ?」
「よく見てたから。ここ、俺の部屋のある塔の二階の窓から丸見えの位置なんだよね〜。窓を覗いて、君の姿を見掛けては、ああロイ君は今日も湖か〜、なんて思ってたんだ」
「………………」
「俺は、ロイ君のこと、大事だよ」
 囁くでもなく、語気を強めるでもなく、ただ静かに語りかけられる声が、何だか酷く心に沁みて…嬉しくて、切なくて…泣きたくなった。
「ロイ君は王子の影武者だけど、ロイ君自身は誰の影でもない。ロイ君はロイ君として、ここにいていいんだよ。大丈夫。皆、ちゃんと君のことを見ている」
「……今日のアレ」
「うん?」
「もし…俺が王子さんの影武者でなかったとしても…アンタ、助けに来てくれたか…?」
 カイルは笑った。馬鹿にした笑い方じゃなかった。優しい、元気づけるような笑み。
「当たり前でしょー?何言ってるの」
 そして、漸く肩に置かれた手を俺は、もう振り払う気にはなれなかった。
 ―――俺は、自信がなかったのかもしれない。
 ずっと、厄介者でとおってきたから。求められること、必要とされることに慣れてねぇから。俺みてぇな奴を必要としてくれる奴なんか、いる訳ねぇってずっとそう思ってたから。求められてるのは王子さんの影だって、そう思うほうが納得出来たから。
 ここに『俺』の居場所なんてない……そう思ってたのは、俺だけだったのかもしれない。
 そう考えたら、肩の力が抜けたような気がした。
 そろそろと顔を上げれば、最後の残照が山の端で揺らいでいた。急速に降りてくる夜の中、佇む城の窓には既に幾つもの灯りが灯っている。初めてそれを、温かいと思った。
「さあ、そろそろ帰ろうか」
 隣からの優しい声に促されて、俺は立ち上がる。
 吹き抜けていく風に混じって、真新しい革の匂いが、鼻を掠めていった。
 腕の中の紙包みをぎゅっと抱き締めて、俺も大事にするから―――と、誰にも聞こえない声で、俺は呟いた。















何故か突然神様が降りてきたので、書いてみましたエセカイロイ風味小説(笑)
素直じゃない、でも傍から見れば非常にわかりやすい(笑)そんなツンデレ少年ロイが大好きですv
薄れかかっている5のプレイ記憶と勢いだけを頼りに書いたので、
キャラのイメージが合ってるかどうか心配ですが(特にカイル/爆)
初めての5ネタですので、どうか寛大な心で見逃してやって頂きたく…!!

いつもお世話になってる塚原炯さんに捧げます。日頃の感謝と愛を込めて!!





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