風想う















だから、多分きっとそれを予感とは呼ばないのだ。


 ランプの油がじりっと微かな音を立てる。そんな瑣末ですら今の自分の神経に負荷を掛けるには充分で。視線は手元の本に落とされたままでも、頁を繰る手は随分前から止まっている。それに気付いたことがまた、一層憂鬱を深くした。
 この部屋の空気を掻き乱している、まさに災厄の化身とでもいうべき存在は、部屋の主に断りもなく占拠した寝台の上で、暢気に欠伸など零している。
 そう、元はといえば、こいつが全ての元凶だ。
 ―――カリョウ。
 彼の手に導かれるようにして、時の支配の及ばぬ夢幻の牢獄より、再び現し世へと戻ってきてから数日。何の因果かは知らないが、以来彼はよくこの部屋を訪ねてくるようになった。同じ呪われた紋章の所有者ゆえの仲間意識かと最初は思ったテッドは、しかしすぐにその考えを打ち消した。
 部屋に来たからと言って、彼は特に何をしていくわけでもない。他愛もない戯言を一方的に語っていくだけの時もあれば、書庫より本を持ち込んで読書に耽ることもある。今のこの時のように、寝台にしどけなくその身を横たえているだけのことも。だが、だからといって微睡むでもなく、蒼い眼差しは常にこちらに向けて注がれている――まるで幼い子供が、地を這う蟻の群れを何時間でも飽かずに眺めているような――そんな無邪気な瞳で。
 ――二日ほど前。クールークの哨戒艇と小競り合いになった時のこと。周囲の制止も聞かず、この若き軍主は、砲撃を受け航行不能となった敵船へと率先して乗り込んだ。まるで華麗な舞を披露するかのように、双剣を振り翳し敵中に斬り込んでいくカリョウの姿、その瞳は、今もテッドの脳裏に鮮明に焼きついて離れない。
 それは、まるで天を切り裂く稲妻のような蒼い輝き。
 ―――龍神の炎―――。
 天の御使いたる水の守神。かつて書物で目にしたそれを、テッドは思い起こしていた。
 ―――しかし、今の彼の振る舞いといえば、龍の威厳など皆無に等しい、我侭放題の子供のそれで。あの時自分が目にしたものは、何かの間違いだったのかと思いたくなるような変貌ぶりだった。放っておけば、こちらの都合などお構いなしにいつまででも居座り続けそうなその態度に、テッドは遂に堪りかねて苛立った声をあげる。
「さっきからじろじろと。何の用だ?」
「用がないと、見ちゃいけない?」
 返される言葉は、やはり子供のように頑是無い。
 寝台から徐に身体を起こし、カリョウは顔に掛かった髪を無雑作に払った。睨み付けてやっても、全く動じる様子もなく、しなやかな腕をあげて大きくひとつ伸びをする。
「用がないのなら帰れ。寝るなら自分の部屋で寝ればいいだろう」
「僕の部屋、落ち着かないんだよね。いつも入り口の所に親衛隊だかなんだか言ってる女の子達が陣取ってて、まるで軟禁されてるみたいだ。息が詰まる」
「だからって、何で俺の部屋に来る?」
「ここ居心地がいいんだよ。軍主が率先して洗濯物集めて回るなだの、船の中片っ端から掃除するのやめろだの、五月蝿いこと言う連中も来ないし」
「あ…そ……」
 陶器で出来た人形のような、作り物めいた繊細な美貌の持ち主であるにも関わらず、口を開けば終始この調子。全く、マイペースにもほどがある。そのギャップで、一体今までに何人の純真な乙女の夢をぶち壊してきたのやら。こういうのを美貌の無駄遣いというのではなかろうかと、埒もないことをテッドは思う。
 初めて会ったとき、テッドは彼に、真の紋章を持つことの苦痛を問うた。だが今は、あれは愚問だったと断言出来る。紋章の呪いなど、傍若無人を絵に描いたような存在である彼の行く手に、髪一筋ほどの影さえも落とせぬに違いない。
 だが。一方的にこちらを振り回す少年の気紛れを、結局は許してしまっている自分自身にも気付いていたから、テッドは益々困惑する。
 溜息を吐いた時、部屋の扉が叩かれた。
「………?」
 この物好きな軍主以外にこの部屋を訪ねてくるような人間に心当たりはなく、テッドは訝しげな視線を扉に向ける。だが、用件を問おうと口を開くよりも先に、寝台より下りたカリョウが、軽やかな足取りで入り口へと向かい、さっさと扉を開けてしまった。
「やあ、ありがとう。わざわざすまないね」
「いえ、いいんですよ。これくらい」
 そこにいたのは、確か施設外の食堂を切り盛りしているまんじゅう屋の女将。生憎名前までは覚えがない。
 食器は後で返却して下さいねと言う女将に軽く頷きを返して、カリョウは彼女から受け取ったものをテッドの掛けている卓の上に遠慮なく置く。布巾の掛かった大皿だった。布越しにもわかる温かな湯気と甘い匂いに、中身の想像は容易についた。
「…これは何だ」
「やだな、わかってるんでしょ?おまんじゅうだよ」
「そうじゃない。何だってこんなものを俺の部屋に持って来させるんだ?」
「もうすぐお茶の時間だから、パムさんに届けて貰えるようにお願いしておいたんだよ。テッドと一緒に食べようと思って」
「要らない」
「そんなこと言わない。あ、今お茶淹れるから。こう見えても得意なんだよ、僕」
 悪戯っぽい笑みで片目を瞑ると、テッドの返事も待たずに、カリョウは棚から茶器を出してきて卓の上に並べ始める。この船に乗ったばかりの時にカリョウが持ち込んできた物だ。部屋の主としては当然非難の目を向けたが、それでも突き返す気にも処分する気にもなれず、白磁の茶器はこの部屋で一応の生存権を勝ち得ている。咎めたところで聞くような相手ではないからだ…と思うのは、しかし結局は彼の行動を受け入れてしまっている自分に対する言い訳なのだろうか。
 手際よく茶の支度をするカリョウの仕草に目を留める。その整った外見からは凡そこういったことが得意な少年には見えないのだが、それでも妙に様になってしまう辺りが不思議でならない。出された茶は温かく、甘い花の香りがした。
 布巾を取れば、その下には蒸したてと思われるまんじゅうが綺麗に並べられていた。カリョウは早速手に取って、満足そうに頬張っている。やはりすっかり彼のペースに乗せられている自分に些かの虚脱感を覚えながらも、テッドも皿に手を伸ばして、湯気の立つそれを一口齧った。途端に口中に広がる上品な甘味に、我知らず動きが止まる。
「美味い」
 思わずそう洩らすと、カリョウは尤もらしく頷いた。
「うん、やっぱり北の大陸の小豆は違うね。群島は気候がら小豆の栽培には適していないから、ここまで質の高い餡子はなかなか作れないんだ」
「北の?こんなご時勢だってのに、わざわざ赤月のほうから取り寄せたのか?いい身分だな軍主ってのは」
「いいや。出所はクールークだよ」
 何でもないことのようにさらりと告げる軍主に、テッドは僅かに眉を顰めた。
「ちょっと待て。戦やってる相手国から食料を仕入れたっていうのか?」
「仕入れたっていうか頂いたっていうか…招かれざるお客さんから拝借した」
「………!?」
「現在群島海域でクールークの占領下にあるのはオベルのみ。前線基地であるエルイールからは遠く離れている。延びきった補給線を叩くのはわけなかったよ。グリシェンデ一隻で簡単に片が付いた」
「―――輸送船を襲ったのか、おまえ!」
「そんなに怒らなくても僕の取り分はこれだけだよ。残りはちゃんと兵士たちに分配して―――」
「そんなことを言ってるんじゃない!!クールーク領内の城を落とすってんならともかく、オベルにゃおまえの仲間がいるんだろ!?兵糧攻めだなんて、正気の沙汰じゃない!」
 緩やかな笑みを浮かべたカリョウの表情は変わらない。だが、感情を映さないままにすっと細められた瞳に、テッドの背筋は凍りついた。
 青白い稲妻が燃える――これは…これはあのときの。
「襲ったって言っても、クールーク海軍所属の輸送船だけだよ。民間船には一切手を出していない――まあ、オベルは元々貿易国家じゃないから、出入りしている交易船の数もたかが知れてるけど……今オベルを統治しているのは第二艦隊司令官のコルトン――トロイの腹心ともいえる男だ。食料が少なくなったからといって、民からの略奪を許すような真似はしないだろう。ラズリルの時とは違うよ」
「けど、そうは言ったって限界ってもんがあるだろ?飢えた兵士が完全に理性を失ったら、幾ら名将とはいえども制御しきるのは不可能だ」
「そうなる前に決着は着けるさ――招かれざるお客さんに頑張って貰ってるのは、何も彼らの側だけじゃない」
「まさか―――間者を?」
「そこまで大袈裟なものじゃないけどね。ただ、ちょっと噂を流して民の不信感を煽って貰ってるだけだよ。クールーク軍の食料が底を尽きかけている。彼らがオベル国内の食料庫を襲い、民の生活を脅かすようになるのは時間の問題だ――って。民の不安が大きくなれば、当然反乱の可能性も出てくる。輸送船襲撃との相乗効果で、兵士たちの動揺はかなりのものになるだろう。そうなればコルトンは注意を海上に向けてばかりもいられなくなる。隙は大きくなる――そこを衝く」
 まるで他人事のように淡々と語る相手に、テッドは拳を固く握り締めた。
「………何で…そこまでして…?」
「勝つためだよ」
 躊躇いも澱みも感じさせない声で、青の炎は不敵に微笑う。
「僕たちには後がない。ただの一度として、負けることは許されないんだ。無論、装備の補強、人材の収集は怠ることなく進めているけれど、もしクールークが総力を挙げて群島の制圧に乗り出してきたら、この船などひとたまりもない。ただ勝てばいい戦でもないんだ。犠牲は最小に抑え、尚且つ可能な限り迅速に。彼らが戦力の逐次投入の愚かさに気付く前に、終わらせなくてはならない。ならば喩え僅かであろうと勝率を上げるための手は、打てる限り全て打っておく」
 けして大きくもない声で、昂ぶったものなど何ひとつ感じさせない口調で。けれど、それはまるでこの世ならぬ旋律のようにも聴こえて。テッドは知らず浮かしかけていた腰を、力なく椅子の上へと戻した。
「オベル王は…反対したんじゃないのか?」
「そりゃあね。勿論いい顔はしなかったさ。けれど彼は、僕の気性を知った上で僕を軍主にしたわけだから。感情はどうであれ、作戦の遂行に異を唱えはしなかったよ」
 おっとりした所作で、カリョウは白磁の器を取り上げ、ひとくち啜った。
「そうやって割り切ったほうが、旨くいくことだってあるんだよ。いちいち感情に流されてたんじゃ、戦なんて出来ない。戦いは、戦場に赴く前から始まっているのだから」
 そこまで言ってカリョウは、器の中身をひと息に飲み干す。空になったそれを指先で弄びながら、あどけない、しかしどこか底冷えのする笑顔でテッドの瞳を覗き込んだ。
「軽蔑してくれて構わないよ。僕はこういう人間だ。リノ王が僕を軍主に選んだのだって、僕のこういうところをよくわかっているからだ。共にいるうちに情が移ってしまうような人間を軍主になどしたら、戦いが終わった後に切り捨てることも出来なくなるだろうからね。感情を排した、駆け引きで成り立ってる関係でいたほうが、お互いのためなんだよ」
「…戦に勝てば、おまえは英雄だろう。そのおまえを切り捨てるだなんてこと―――」
「オベルを軸とした連合国家を作る――リノ王の頭の中には既にその構想がある。それを実現させるためには、盟主となれる資格のある人物が二人いるという状況は厄介なんだよ。リノ王のやり方に反感を持つ勢力が出てきた場合、その人たちが僕を頭として担ぎ出そうとする可能性は極めて高いだろう――統治どころか国を二分する戦になる。そうでなくたって、僕の持ってる紋章の力は平和の旗の下では脅威でしかない」
「でも…でもそんな…」
 名前のわからない――しかし確実に不快な感情が胸中を満たす。突き動かされるように衝動的に口を開いたものの、意味のある言葉は喉からは出てこなかった。不条理だの理不尽だのという思いは頭の中を忙しなく駆け巡るものの、声に出してしまえばそのどれもが間違っているような気がして。結局テッドは何も言えずにただ唇を噛んだ。
「テッドってさ、嘘吐けない性質だよね」
 複雑な面持ちで押し黙ってしまったテッドを見て、カリョウが可笑しそうに笑う。卓に行儀悪く頬杖をついて、彼は軽く瞳を伏せた。
「考えてることが全部顔に出る――勘違いしないように言っておくけど、僕はけしてリノ王を嫌ってるわけじゃない。情に篤く、度量だって広い。人間として申し分のない人物だと思うよ。けどね、それでも彼は王なんだ。国の命運と僕の存在の両方を天秤に掛けて、誤った判断を下すような人じゃない。厚意や親愛で結ばれた絆は確かに強い力になるけど、時として何よりも重い枷となる―――。だから、距離は置いたほうがいいんだ。間に感情を差し挟まない、打算のみで成立する関係。互いの領域には手を出さず、ただ純粋に決められた役割のみをこなす…そういう関係のほうが、互いに理解しやすいし動きやすいだろう?」
「…だけど…人間なんてそんな簡単なもんじゃない!」
 激昂した拳が傍らの卓を激しく打った。
「仕事だから、役割だから。そういう風に言うのは簡単だ。でもこれはただ結果さえ残せばいい――そんな問題じゃない!みんな命懸けなんだろう!?王だってわかってるはずだ。でなきゃ幾ら国の命運が懸かってるとはいえ、おまえに命を預けたりなんかしないだろう!?おまえはそれから目を背けてるだけじゃないのか!?」
 カリョウの瞳に再び青白い炎が灯る。感情を映さぬまま冷たく輝く炎に呑み込まれそうな錯覚を覚えながらも、負けじとテッドは強く睨みつける。張り詰めたような静寂は、しかし長くは続かなかった。
「いやぁ、まさか今時、君みたいな純粋培養の人間がいたとはねぇ。しかもそれで150年もの時を渡ってるって言うんだから驚愕だ。まさに生きた化石、是非とも絶滅危惧種として大切に保護させて貰いたいね」
「茶化すな。俺の話なんか、今はどうでもいいだろう」
 面白がるようなカリョウの口調に、頬が熱くなるのを感じ、テッドは焦って俯いた。駄々を捏ねるような物言いになってしまったことを後悔する。恥ずかしい。これではまるっきり、こちらのほうが子供ではないか。
 カリョウは暫くの間、くすくすと笑い続けていたが、ふいに真顔になって口を開いた。
「…まあね。逃げてると言われれば、確かに否定はしないけど――でも僕は、戦いが終われば必要のなくなる人間だから。いずれ離れなければいけないとわかっているなら、心は残さないほうがいい」
「オベル王は――おまえが盟主になることを望むかもしれない」
「それはないさ…というか、あっても無理な相談だよ。―――生きているうちに果たさなくてはならない使命が、僕にはあるからね」
「…………使命?」
 深い決意を湛えた横顔は、見たこともないほどに真摯で。
「おまんじゅうの素晴らしさを世界中に広めるという使命が!!」
 ―――テッドは危うく、椅子から転がり落ちそうになった。
「知ってる!?クールークにはおまんじゅうっていう文化がないんだって!!ヘルムートが言ってた。信じられると思う?こんなに良い小豆が取れるっていうのに、宝の持ち腐れだと思わない!?このまま放っておいたらあの国の小豆たちは、みんなお赤飯やら煮豆やらに変えられてしまうんだ…こんな暴挙が許されて良いはずはない!僕は断固として戦う!!」
 先程までの緊張感ががらがらと音を立てて崩れ去る。耐え切れず卓に突っ伏してしまったテッドの瞳には、薄っすらと虚しさの涙さえ滲んでいた。
 こんな奴を一瞬でも龍なんぞに例えた俺が馬鹿だった。
「おまえ…そんなことの為に群島を捨てるってのかよ…」
「そんなことじゃないよ!おまんじゅうの未来を賭けた戦いだ!」
 こいついつか絶対友達なくす。いやもう既にまんじゅうしか友達がいないんじゃなかろうかと、テッドは密かに心の中で突っ込みを入れる。
「指導者を失って混乱した群島が、迷走するかもしれないとは思わないのか?」
「それは大丈夫でしょ?」
 僅かな翳りも逡巡もなく返された言葉に、テッドは微かに引っ掛かるものを感じて顔を上げた。
「心配なんて要らないんじゃない?リノ王がいるのに」
 自信たっぷりのその笑みは、紛れもなく信頼のそれで。
 ああ、そうか。
 こいつも信じてないわけじゃないんだ。
 ……ただちょっと…俺と同じで不器用なだけで。
 ことりと胸に落ちた温かな確信に、テッドは口許を微かに綻ばせた。
「おまえ、結構人に誤解される性質だろう?偶には素直にならないと本当に友達なくすぞ」
「んー?僕はいつだって、これ以上ないくらいに(自分に対して)素直に生きてるつもりだけど。それに、人間関係の煩わしさとは出来る限り無縁でいたいってのも本音だよ」
「………本っっ当に寂しい奴だな」
「まあ、僕はおまんじゅうさえあれば幸せだから♪…でもね」
 悪戯盛りの子供のように、カリョウは卓の上に身を乗り出して。
「君のことは、おまんじゅうの次くらいに、好きになってもいいかな」
 ―――不意打ち。
 唇を掠めた柔らかな温もりに、テッドの思考は一瞬にして白く染まる。触れただけの口付けは、しかしその儚さ故に甘美な誘惑めいていて。甘やかな香りは彼の吐息の名残り。ああ、これはカミツレの。
「…………」
 正面から顔を覗き込む体勢のままに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたカリョウの顔が目に映り。はっと我に返った途端、頭にカッと血が上った。
「―――出てけっっっっ!!!!!!」
 あとはもう夢中だった。
 歩く災厄を外へと追い出し扉に固く鍵を掛けて、ようやく静かになった部屋の中で、テッドは放心したように、床にへなへなと座り込んだ。
 ―――高鳴る鼓動。唇にはまだ、温もりの感触が生々しく残っている。
「あのやろう………」
 力なく転がり落ちた声には今はもう怒気は失せ、代わりに戸惑いの色が濃く滲んでいた。
 彼の顔。闇の中に立つ孤高。振り返りもせずに駆けてゆく背中。走る稲妻。甘えるように強請るように伸ばされた腕。あどけない笑み…とりとめもなく、ただ、浮かんでは消える。
 ―――絶望のみの灰色の世界で、それでも彼の姿だけは、極彩色の蝶のように鮮やかだった。
 本性を潜めていても、龍はやはり龍。その熱は燠火のようにじわじわと肌を灼く。
 重く胸を侵食し続ける疼きは、救済の予兆か、それとも破滅の序曲なのか。今のテッドにはまだ、わからなかった。




「あ〜あ、怒らせちゃったな」
 投げつけられた枕と共に部屋を叩き出されたカリョウは、音高く閉ざされた扉の前で、それほど残念がってもいないような口調で呟いた。
「全く…あの程度のことで怒るなんて、可愛いったらありゃしない」
 くすくすとあどけない笑みをうかべたその瞳の中には、しかし確実に炎が宿っていた。灰の中にあっても、熱の放出を抑えきれない燠火。そしてその熱が今、はっきりとした意志を持って動き出したのを、カリョウ本人も自覚していた。
 ―――150年もの長き時を渡りながら、なおも色褪せぬ琥珀の光。その純粋さと直向さは、人との関係に倦み疲れていた自分には新鮮な驚きだった。
 これまでに二度、風の分岐点に立った。最初の風とは一旦は心を通わせはしたものの、結局は擦れ違いを重ねた末に破綻した。二度目の風と思えたその人には、親子にも似た親愛の情を抱きながらも、近づきすぎるのを恐れて自分から足を止めた。
 彼は―――三度目の風は、自分に新たな航路を示してくれるだろうか。
「ま、三度目の正直って言葉もあるしね…」
 …もしかしたら、自分は知っていたのかもしれない。
 風の中心――凪に囚われた場所から、自分を連れ出してくれる新たな風の訪れを。
 ずっと、待っていたのかもしれない。
 ……ならば、その行方を見届けてやるしかないではないか。
 そして、何より。
 ―――友達に、ならないか―――?




「…僕にあんな台詞を吐かせた責任は、きっちり取って貰わなくちゃね」




 最後の地に、勝利を告げる東南の風が吹くまでは。
 行方定めぬその風に、この身を委ねてみるのも悪くない。


 















当サイト初の主テド(になってるかどうかは自信がありませんが…)おまんじゅう4主のカリョウ、ようやく正式デビューです。
主テドを目指しながらも、書いてるうちに何度もテド主方面に転がりそうになって、その度に悩みました…。
…カリョウの名前の由来が諸葛孔明からきてることもあって、ほんの少しですが三国志ネタも入れてみました。
知ってる方が読んだ時に、「ん?」と思って頂けたなら幸い。
おまんじゅうにカモミールティーって合わないだろーなーとか思いつつも、
まあいっか、で済ませてそのまま最後まで書いてしまいました…適当人間ですみません(汗)
拙い話で申し訳ありませんが、カリョウの名付け親である秋嶋優津さんに捧げます。





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