未来絵図













 本棚の整理をしたいから力のある人に手伝って欲しいとのターニャの頼みを引き受けたタルが、ようよう解放されたのはすっかり夜も更けた頃だった。
 一見穏やかな書生風の美女はその実抜け目ない食わせ者で、人の良いタルは逆らう事も出来ずしっかりこき使われてしまった。
 彼女を恐れて書庫に近付く人が少なくなったとの噂の真相を身をもって体験し、タルは金輪際あそこには近付くまいと固く決心する。
 いつもは大勢の人で賑わっている船内だが、流石にこんな時間まで起きている者は少ない。サロン辺りに行けば夜遊びを楽しんでいる者が多少はいるかもしれないが、それ以外はいたって静かだった。
 取り敢えず労働で汗だくになった身体を綺麗にしようと、タルは浴場へ向かった。人気のない深夜の風呂で疲れた身体をゆったり温めるのも良いだろう。そう思っていたのだが、意外にも先客がいたらしい。脱衣所の棚の隅に一着、見覚えのある服が置かれている。
「へぇ…アイツが来てるのか…」
 呟きが思わず声に出る。タルは空いている棚に自分の脱いだ服を置くと、そのまま浴場へ続く扉を開ける。
「よぉ」
 湯船の中、くすんだ金髪がこちらを振り返る。そこにいたのは予想に違わずスノウだった。
「タルか。こんな時間に来るなんて珍しいな」
「お前こそ。こんな遅い時間に風呂に入ってるのか。道理でいつも会わない訳だな」
 スノウの白い頬は湯気でほんのり上気している。彼がここへ来たのはついさっきという訳ではなさそうだ。
 そのまま洗い場へ行って身体を洗い始めるタルの背中に向かって、スノウは、いや…と声を掛ける。
「いつもという訳ではないけどね…。人の多い場所は疲れるから、なるべく少ない時間を選んで来るようにはしてるけど。今日はちょっと寝付けなかったから。気晴らしにと思ってね」
「なるほど」
 湯桶で泡を洗い流しながら、タルが相槌を打つ。
「確かにお前が芋洗い状態の風呂に入ってるトコロなんか、想像つかないな」
 そう言って湯船に入ってきたタルに、スノウは、茶化さないでくれよ…と苦笑を浮かべる。軽く俯いたその顔が、益々赤くなったように見えるのは気の所為だろうか。
「そう言えば、お前とこうして一緒に風呂に入るのも初めてじゃねーか?」
「そうだね。僕は騎士団の寮には入らなかったから…団体生活の経験自体がないし。こうして誰かと一緒に湯船に浸かるなんて、あの頃は想像したこともなかったよ」
「はは…こうしてみるとなかなか良いもんだろ?」
「…そうだね。フィンガーフート家の屋敷の中にいたままじゃ気付けなかったことが、ここにはたくさんあるよ。今だって…正直言って、君とこうして向かい合ってゆっくり話す日が来るなんて思ってもみなかった」
「…まあ、そーかもしれねぇな」
 スノウの言葉にタルは気を悪くした風もなく、湯船に凭れ掛かる。天井を仰いだ姿勢で、一つ大きく伸びをした。
 訓練生時代の自分達を思い出す。真面目で融通の利かないスノウと、大雑把でのんびりしたところのあるタルは表立って仲が悪い訳ではなかったものの、何かと衝突する事が多かった。発端は大抵スノウのほうからで、君の不真面目な態度が気に入らない、いずれは誇り高きラズリルの海上騎士団員になるのだからもっとしっかりしなくては…とタルに突っ掛かっていくケースが殆どだった。よく言えば素直、悪く言えば単純思考のタルがそう言われて不機嫌にならない筈もなく。険悪な雰囲気になったところでカルマとケネスが仲裁に入るといったパターンが常だった。
「皆、変わって行くさ。良くも悪くも…な。けど、ま、取り敢えずこーゆーのは悪くないんじゃないか?」
「…ああ、カルマにも君達にも散々迷惑掛けたけど…」
「そんな事はもういいさ。お前が帰って来てくれて、皆喜んでるよ。俺やカルマだけじゃない。ケネスもポーラもジュエルもな」
「ありがとう」
 スノウの言葉にタルは目を丸くした。彼の口からこんなに素直に礼の言葉を聞くとは思ってもみなかったので。思いがけない台詞は嬉しさと同時に照れくさくもあり。何故だか居た堪れない気持ちになってタルは慌てて話題を逸らす。
「そう言えば、風呂で思い出したけど…カルマさ、古傷あんのな。肩に」
「え…?」
 スノウの表情が微妙に強張った。タルの視線は天井のほうに向けられていたから、彼はスノウの変化に気付いていない。
「右の…肩甲骨のすぐ下辺りだったっけかな?やっぱり一緒に風呂入ってる時に見たんだけどさ。どうしたんだって訊いてもアイツ、笑ってるだけで何も言わなかったけどな。結構しっかり痕残ってたからかなり深い傷だったんだろうなー…」
呑気に呟いたタルの言葉を、スノウの自嘲的な声が遮った。
「…その傷…さ」
「ん?」
「僕の…所為なんだ…」
「え…!?あ…」
 そのまま俯いてしまったスノウに、タルはようやく自分の失態に気付いた。考えてみればスノウとカルマは主従であったと同時に幼馴染み、共に過ごした時間は騎士団の中の誰よりも長い。カルマの傷の理由をスノウが知っていたとしても何の不思議もないのである。タルはこの時ばかりは自分の迂闊さを呪った。
「わ、悪い…そんなつもりじゃなかったんだが…」
「いや、良いよ…。確かに気になっても仕方ない事だ」
「あー…」
 うまい言葉が見付からず、タルは頭をかきながら口篭もる。折角修復しかかっていたスノウとの関係を、ほんの一瞬で壊してしまったのかと思うと、己の愚かさに歯噛みしたくなる。だが、次にスノウの口から出た言葉はタルの予想を大きく外れていた。
「聞いて貰えるかな…?」
「へ?」
 一瞬聞き違えたのかと思って、タルは思わず間抜けな声で聞き返してしまう。自嘲的な笑みを浮かべたまま、それでもスノウは青灰色の瞳を真っ直ぐにタルに向けていた。
「いや、俺は別に理由が知りたかった訳じゃ…」
「そうじゃないよ。僕が聞いて貰いたいだけだ。あんなことをしてしまったのに、僕はまだカルマにちゃんと謝れてない。誰かに聞いて貰えたら、謝る勇気が持てるかな…って、そう思ったんだ」
「………ここは懺悔室じゃねーぞ」
「わかってる。僕は君に裁いて欲しい訳じゃない。迷惑だと思うなら、忘れてくれて構わない」
 スノウの瞳は真剣だった。我侭なところは相変わらずだと思ったが、こういった潔さはタルは嫌いではない。
「幾らでも聞いてやるさ。その為に耳があるんだからな」
「ありがとう」
 再びの感謝の言葉に照れ混じりの苦笑を浮かべつつ、タルはまた一つ大きく伸びをした。こういう時間も悪くない。
 天井から落ちた雫が、軽い音を立てて、床に跳ねた。






 ラズリルの郊外には、フィンガーフート家所有の牧場があった。なだらかな草原と丘、森に囲まれた、乗馬には大層恵まれた場所で、さほど規模は大きくはなかったが、飼われている馬は皆、名馬と呼んでも差し支えない血統の良い馬ばかりだった。
 あれは――――騎士団の訓練生になる三年ほど前。
 スノウは、父親であるフィンガーフート伯の勧めで、時々ここへ乗馬の練習に来るようになった。将来、騎士団に入った時、乗馬の技術は必要不可欠のものとなる。今のうちから習っておくと良い―――とは伯の言葉である。
 スノウはここへ来るときは必ずカルマを連れてきた。スノウが伯に熱心に頼み込んだお陰で、スノウが乗馬の練習をしている時は特別にカルマにも乗馬の許可が出た。ただし、厩の仕事を手伝うならという条件付のものであったので、実際に馬に乗れる時間はスノウの半分くらいのものであったけれど。
 だが、乗馬の練習を始めて暫く経つうちに、スノウはある事に気が付いた。
 カルマのほうが、自分よりも上達が早いのである。
 プライドの高いスノウは、馬が自分の思いどおりに動いてくれないと、すぐにカッとなって癇癪を起こしてしまうことが度々あり、馬のほうも、そんなスノウの気持ちを読み取ってしまうのか、時として反抗する素振りも見せる。そんな調子なので、スノウはなかなか思うように馬を操ることが出来ずにいた。
 一方、カルマは生来の辛抱強い性格が幸いしたのだろうか。馬との相性は悪くなかったようで、乗馬の講師である馬の調教師が驚くほどの上達ぶりを見せた。けして無茶な乗り方をされないとわかっているからなのか、馬のほうもカルマの言うことは素直に受け入れることが多かった。
 自分よりもずっと練習量の少ないカルマが、自分などには及びもつかないほどに自在に馬を操っているのを見て、スノウは焦った。
 何と言っても、年齢的にも立場的にもカルマの上にいるという自負がスノウの中には存在する。カルマより乗馬が下手だという事実はスノウの自尊心を酷く傷つけた。カルマのほうはさほど気にしてはいないようだが、このまま黙って引き下がるのはスノウの誇りが許さない。
 ―――何とかして、馬を悠々と操る姿をカルマに見せてやりたい―――
 スノウの意識はいつしか、そればかりに集中することとなる。




 その日もスノウとカルマは牧場に来ていた。
 が、連絡が行き違ったのだろうか、調教師は不在であった。しかし、厩舎のそばには二人がいつも乗っている葦毛と栗毛の馬が繋がれていた。こちらへ向かっているだろう二人の為の用意を終えたところで何か急用が入り、すぐに戻ってくるつもりでその場を離れたのかもしれない。
 スノウは馬の背中に既に鞍が置かれているのを認めると、カルマに向かって悪戯っぽく微笑んだ。
「乗ってみようよ」
「えっ!?」
 驚いたのはカルマである。幾分慣れてきたとは言っても、乗馬を始めて経験の浅い二人は、まだ自分達だけで馬に乗ることを許されてはいない。調教師の目の届く範囲で、決められた敷地内だけで。それが乗馬を始めたときに調教師から言い渡された決まり事だった。だが。
 ―――ずっとこんな事を続けていたのでは、いつまでもカルマには追い付けない―――
 スノウの我慢の限界はこの時頂点に達していたのだ。
「スノウ、今は誰もいないよ。危ないから駄目だよ」
「大丈夫だよ。僕達だってもう結構長いこと練習を積んできたんだし、そろそろ一人で乗ったって平気だって」
 スノウはそう言うとさっさと葦毛の馬を繋いでいた縄を解き、鐙に足を掛けてよじ登った。
 嫌がった馬が、軽くたたらを踏むのを見て、カルマは慌てて馬をなだめた。
「どうっ、どうーっ!!」
 轡に手を掛け、声をかけながら撫でてやると、馬は落ち着きを取り戻した。
 だが、これが逆にスノウの癇に障る。
 ―――なんで君はこんなにもあっさり―――!!
 むっとしたスノウは手綱を手に取ると、馬を歩かせ始めた。カルマが止める声が後ろから聞こえるが、そのまま無視を決め込む。
 ―――そうだ、僕だってこれくらい出来るんだ―――
 ―――ラズリルを守る騎士になるんだもの。一人で馬に乗るくらい大丈夫さ―――
 躊躇うことなくスノウは馬の首を、牧場の外へと向けた。
「スノウ、駄目っ!!」
 カルマの金切り声が響いてくる。スノウは大丈夫だとばかりに馬上から振り返って見せた。
「大丈夫だって。すぐに戻ってくれば良いんだから。折角だからもっと遠くに行ってみようよ」
 その時だった。すぐ傍らにあった繁みから、野兎が飛び出して来たのである。
「―――!!!!」
 突然の事に驚いた馬は棹立ちになる。後ろに気を取られていたスノウは兎に気付かなかった為、反応が遅れた。手綱を握り締め、何とか落馬は免れたものの、興奮した馬を鎮めることは叶わず。馬はそのまま牧場の外へと、風を切って猛然と走り出した。




 それはまさしく悪夢としか言いようのない体験だった。
 視界は上下に激しく揺れ、吹き付けてくる風は無防備な身体を容赦なく打ち据える。力の入らない足は、今にも鐙から外れてしまいそうだ。
 スノウの制御を完全に受け付けなくなってしまった馬は狂ったように走り続けた。
 どうしてあんな意地を張ったのかと後悔する余裕すらない。激しく暴れる馬に手綱はまったく役に立たず、ともすれば振り落とされそうになる身体を何とか支えようと、スノウは馬のたてがみにしがみ付いた。
 だんだん腕に力が入らなくなってくる。膝がガクガク震え出したのもわかった。馬が跳躍を繰り返す度、自分もそのまま宙に投げ出されるのではないかとの思いに、背筋を冷たい汗が幾つも滑り落ちた。必死に掴んだたてがみは、まるで自分を嘲笑うかのように、感覚のなくなった指の隙間をすり抜けていく。
 ―――もう、駄目だ―――!!そう思った時だった。

「スノウーーー!!」

 遥か後方にいるはずのカルマの声が、すぐ近くで響いた。
 恐怖の為に伏せられていた目を無理矢理こじ開けて、スノウはそこに信じられない光景を見た。
 栗毛の馬に乗ったカルマが、手綱を巧みに操りながら、スノウの隣を並走していたのである。
「スノウ、今助けるから!!頑張って!!」
 カルマはそう言うと、スノウの乗る葦毛の手綱を掴もうと、馬上から乗り出して手を伸ばしてくる。だが、全力疾走する二頭の馬を近づけるのは容易ではなかった。カルマの手は、なかなか目指す手綱には届かない。
 こうしている間にも、スノウの体力は限界に近付いていく。
「…カルマ…僕…もう、駄目…」
「スノウ!!!!」
 スノウの手が遂にたてがみから離れる。力なく放り出された…と思った瞬間に、飛びついてきた何かに凄い力で抱き締められ、そのまま縺れるようにして地面に落ちた。
 蹄の音が遠ざかっていくのが聞こえる。汗に濡れた身体は燃えるように熱く、心臓は早鐘のように激しく鳴り響いている。浅い呼吸を何度も繰り返して気持ちを落ち着け、どこにも痛みがない事に気付き、そしてようやくスノウは、誰かが自分を庇って下敷きになったのだとわかった。
 恐怖を堪えて顔を上げ、ギュッと閉じていた瞳を開けると―――そこにいたのはぐったりとしたカルマだった。
「……カルマ!!」
 あの時―――おそらくカルマは咄嗟に馬の背から背へと飛び移ったのだろう。そして、放り出されたスノウを庇い、自分が下敷きとなって地面に叩きつけられたのだ。
 カルマの瞳は固く閉じられ、顔色は蒼白だった。スノウは慌てて彼の上から降り、その肩を掴んで揺さぶる。
「カルマ、カルマ!!しっかりして!!」
 と、スノウは何か温かい物が、自分の左手を濡らしたのに気付いた。
「―――――うわっ!!?」
 それは血で、スノウは驚いて思わず叫び声を上げた。見ると地面から突起状に鋭く尖った石が飛び出しており、その先端が赤黒く染まっている。おそらく落ちた時に突き刺さったのだろう。カルマの右肩からは鮮血が止め処なく流れ出てきている。
「あ…ああ……あ…」
 あまりの事にスノウの思考は完全に固まってしまった。ただ、まともな音にすらならない声を震わせながら、血に染まった幼馴染みを呆然と見詰めていた。
 …と。カルマが薄らと瞳を開けた。
「カルマ!!」
 驚きと安堵でスノウの顔は泣き笑いのように歪んだ。カルマはそっと手を伸ばして、スノウの頬に触れる。
「……スノウ…大丈夫……?怪我はない………?」
 カルマは焦点の合わない瞳で、それでも懸命にスノウを見上げてくる。スノウは無我夢中で彼の手を取った。
「ああ、僕は大丈夫だ!!…君が助けてくれたから…!!」
 その言葉を聞いて安心したのか、カルマの瞳は再び閉じられてしまう。
「カルマ!!カルマ!!」
 スノウは大声を上げてカルマを揺さぶった。しかしその海色の瞳はもう開こうとはしなかった。
 ―――助けて、誰か助けて―――!!
 ―――このままじゃ、カルマが死んじゃう―――!!
 絶望と恐怖が音もなく圧し掛かってくる。スノウは動かないカルマの身体を固く抱き締め、狂ったようにその名を呼び続けた―――。







「それで…?」
「幸い、近くを通りかかった行商人が騒ぎに気付いてね。馬車に乗せて貰ってすぐに屋敷に戻ったんだ。カルマは幸い命に別状はなかったけど、暫くは起き上がる事も出来ないほどの重傷でね…骨や腱に異常がなかったのは奇跡だと医者に言われたよ。事情を知らない父は、カルマが馬にちょっかいを掛けて暴走させたに違いないと決め付けて、意識が戻るやいなや物凄い剣幕で叱り付けてたけど、カルマはひと言も弁解しなかった。僕も自分が叱られるのが怖くて、遂に父に本当の事は言えずじまいだった」
 再び雫が跳ねる音が聞こえる。タルはふうっと一つ息をつくと、視線をスノウに向かって投げた。
「そうか。それで納得した」
「……何を?」
「カルマが馬に乗りたがらない理由さ。騎士団の訓練が休みの時とか、よく皆で馬を借りて遠乗りに出たりしたんだが…カルマのヤツ、何度声を掛けても来なかったからな。乗馬訓練の時は別に普通に乗ってるから、おかしいとは思ってたんだ。まさか、そんな事があったとはな…」
「遠乗り…?そうだったのか…知らなかったよ…」
 スノウは俯き、青灰色の瞳をそっと伏せる。
「あんなに近くにいて、いつも助けて貰って、守って貰って…なのに僕はカルマの事を何もわかってなかった…。いや、わかろうとさえしていなかったのかもしれないな」
 いつもいつも、遠くを見ることにばかり夢中になっていたから、気が付かなかった。
 大切なものはいつでも、自分のすぐ傍にあったのに―――。
「どうしてあの時気付けなかったのかな。そうしたら、擦れ違う事も、傷つけあう事もなかったかもしれないのに…」
 静かな声にには痛いほどの自責の念が込められている。タルは黙って聞いていたが、ふいにその肩をバシンと大きく叩いた。
「痛っ…!!」
「これくらいで痛がんなよ、軟弱者が」
 痛そうに肩を押さえて顔を顰めるスノウに、タルは力強く笑ってみせた。
「遠回りしたって、気付けたんならそれでいいじゃねぇか。まだ全然遅くなんかないさ。折角仲直りしたんだろ。これからは今までの分まで、アイツのこと大事にしてやれよ」
 これから。
 罰の紋章を宿した彼に、この先いつまで『これから』があるのかはわからないけど。
 それでも、人の意志は運命さえも変えることが出来ると思うから。そう思わせてくれた仲間がいるから。
 だから誓う。未来を信じようと。喩えどんなにちっぽけな希望でも捨てたりはしないと―――。
 全て承知の上で、それでも有りっ丈の決意と優しさを込めて、タルはスノウの肩に今度はそっと手を置いた。
「そうだね…それが今の僕に出来る精一杯の事だから…」
 スノウは小さく微笑む。まだ少し不安げな瞳は、それでも前を向く決意をした者の覚悟を湛えて、穏やかに揺れていた。
「良くも悪くも、人は変わるさ。お前は良いほうに変わったな。騎士団にいた時よりもずっと良い表情してるぞ」
「きっと、自分がいかにちっぽけな存在かを思い知らされたからだよ」
 スノウは肩を竦めると、湯船から立ち上がった。
「僕はそろそろ行くよ…。逆上せないようにね」
「そっちこそ、湯冷めなんかするんじゃねーぞ」
 湯船に残されたタルは、スノウに背を向けたまま、ひらひらと手を振って見せる。
 浴場の出口へと向かったスノウは、扉に手を掛けたところで後ろを振り返った。
「僕が変わったように見えるのなら、それはきっと、皆のお陰だ。
……ありがとう……」
 三度目の感謝の言葉が、心にストンと落ちるように響き。スノウの姿はそのまま、扉の向こうに消える。
 余韻はくすぐったくも心地よく、自然と唇は微笑みの形を為した。


 ――あのお坊ちゃまが、随分と素直になったもんだな――


 どれほどに傷つき、苦しんでも、その果てに彼が自らの力で得たものがあったのなら、喩えどんなに遠回りであったとしても、それは彼にとって必要な道だったのだ。
 良くも悪くも、人は変わる。変わった自分を自覚して、そこからまた、長い道を歩き出す。
 しかし、ここから先はもう、一人ではない―――。


 ―――良かったな、カルマ―――


 海色の瞳の少年は、この先どんな運命が待ち構えていようとも、きっと穏やかに笑うのだろう。
 十年後も、二十年後も。そしてその先も。
 遥かな未来絵図の中に、ずっと彼の笑顔があることを、何の疑いもなく信じる。




 まずはそう―――、この戦いが終わったら、皆で遠乗りに行こう。
 喩えどんなに深くても、笑顔で癒せる傷もあるのだという事を、あの二人に教えてやる為に。


 静かになった浴場に、雫の跳ねる音が響く。
 こんな穏やかな時間が過ごせるのなら、深夜の労働も悪くない。
 また近いうちに書庫に行ってみるのもいいか―――湯気に濡れた天井を見上げて、タルは思った。













君達…風呂の中でそんな長話したら、逆上せますよ?(笑)

テーマは『ラプソで4様がツノウマに乗れない理由』です(え!?)
この話に出てくるのは普通の馬ですけどね…ツノウマ牧場ってなんかヤだし(笑)
タルは今回初めて書いたんですが…コイツ、イマイチ性格が掴みづらくて書きにくかったです。
一周目プレイ時ではラズリル追放時メンバーだったんだけど…ごめんな、タル!!

スノウが仲間になった時点でグッドエンド確定なので、命を削られる心配はなくなる訳ですが
この時はまだ誰もその事を知らないのでこんな話になってます。ちょいと言い訳(苦笑)




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