赤い華
















「これ、本物の剣?」
「そうだよ、父様がくれたんだ。将来、騎士になるんだったら剣くらい持ってなきゃ駄目だって」
 スノウがそう言って得意そうに掲げてみせた剣を、カルマは目を丸くしてじっと見詰めた。
 本物の剣を見たのは無論これが初めてという訳ではない。屋敷の衛兵達は当然ながら皆帯剣しているし、屋敷の中にも、フィンガーフート伯の趣味であろうか、如何にも値打ち物と思われる剣が幾つも飾られている。だが、こんなに近く―――手を伸ばせば触れられそうな距離で目にしたのは初めてだった。
 スノウが持っていた剣は、成人した騎士が扱うものよりは幾分か小振りであったが、柄や鞘に施された装飾からやはり相当価値のある代物なのだろうと窺える。屋敷の中で今まで目にしたことのない品であったから、もしかしたら伯がスノウのためにわざわざ購入させたものなのかもしれない。
「これさえあればどんなモンスターだって怖くないぞ!!ラズリルのために、今すぐだって戦えるさ!!」
 スノウの顔は輝いている。剣を手にしたその時から、彼の心は既にラズリルを守る騎士となって大海を駆けているのだ。
 カルマは恐る恐る、その鞘の表面にそっと指を滑らせてみた。
「…………。」
 ひんやりとした感触がする。その無機質な手触りは、見た目の華やかさとは裏腹に、酷く冷たく感じられた。
「持ってみるかい?」
 カルマが剣に興味を示したのを見て、スノウが得意げに声を掛ける。
「いいの?」
「勿論!!」
 スノウはニッコリ笑うと、カルマに剣を手渡した。
「わぁ…………。」
 初めて手にした剣は、小振りとはいえ、ずっしりと重かった。
 刃物を扱った経験がない訳ではない。厨房では小刀を使って下ごしらえの手伝いをしていたし、薪割りの時には斧だって使う。
 だが、剣の感触はそのどれとも違っていた。
 剣を振り上げる自分の姿を想像してみる。鞘から抜かれた剣は陽光に白刃を煌かせ――― そして。
 そして、その先を想像出来ない自分に、カルマは気が付いた。
 振り上げた切っ先は下ろさねばならない。それはわかっている。
 だが、剣を振り下ろせば―――当然ながらそこには―――その先には―――。
 そこまで考えて、カルマの身体は小さく震えた。手の中の剣を今すぐにでも投げ出したい衝動に駆られる。
「…重い…………重いよ、スノウ…」
 額にうっすらと汗すら浮かべながら呟いたカルマから、スノウは慌てて剣を取り上げた。
「そうか。君が持つにはまだ重かったかな?大丈夫?」
「………うん」
 手の中から重みがなくなった事にほっとしながらも、カルマは剣から目を離せなかった。
 無機質な感触は、両の手にしっかりと残っている。身体の震えはまだ収まらない。
 …怖い。何故だかわからないままそう思った。
 その横で、スノウは嬉しそうに剣を高々と掲げる。
「カルマ、これからふさふさ退治に行こう。最近裏通りにふさふさが増えて、みんな迷惑しているらしいから」
「え?これから?」
 小さな騎士の無謀な提案に、カルマはたちまち困惑顔になる。
「そうだよ、今からね。こんな立派な剣があるんだ。何が出てきたって大丈夫だよ!!」
 要は少しでも早く貰った剣を試してみたくて仕様がないのだろう。既に日は暮れてしまっているが、スノウが一度我侭を言い出したら聞かない性格なのはよく知っている。
 危なくなったらすぐに逃げる事にすれば…と考えて、カルマもしぶしぶ頷いた。
「そうと決まれば早速出発だ!!、…あ、君の分の剣が必要だね。納屋に使っていない剣があるはずだから持って行こうか」
 そういうスノウに、カルマは慌てて首を横に振った。
「ううん、僕には剣はまだ早いと思う。だからいいよ」
 カルマは、傍らに積んであった暖炉用の薪の山から、手頃な太さの薪を二本、引っ張り出した。
「僕はこれで大丈夫だから。さあ、行くならさっさと行って早く終わらせよう」






 赤い華が咲く。
 肉を裂き骨を断つ感触は双剣を通じて両の手にしかと伝わってくる。嫌悪感に吐き気を覚えたが、敵を確実に屠る為にはどう動くべきかを冷静に考えている自分自身を自覚してもいた。
 ひとたび剣を抜けば、そこに生じるのは命の遣り取り。
 殺さなければ殺されるのは自分なのだ。それが戦である。
 赤い華が舞った。返り血は全身に纏わりつき、目に入っては視界を紅に染める。
 気が付けば一面の赤の中、立っていたのは自分一人だった。


 ほどなく兵士に引っ立てられてきたスノウは、カルマの姿を見てひっと息を呑んだ。
 身なりを改める余裕などない。今の自分の姿は戦場を駆け抜けてきた時と同じままだ。
 両手を染め抜いた真紅に、全身から色濃く漂う死の匂いに、スノウは怯えた表情を隠そうともしない。
 戦うとはこういう事だ。僕らが剣を向ける相手は、けしてモンスターだけとは限らない。
 スノウの身なりはカルマとは対照的に殆ど乱れてはいなかった。傍らの兵士が、彼が所持していたとおぼしき剣を持って立っていたが、それにも抜刀したと思われる痕跡は見当たらない。
 他の兵士達とは明らかに違う。煌びやかに飾り立てられた宝刀。
 しかし彼の震える白い手は、その鞘を払うことは出来なかったのだ。


 剣は覚悟の証。赤は罪人の刻印。
 流された血の向こうには、けして戻らぬ過去の幻。


 共に行こうと差し出した手を、しかしスノウは取らなかった。
 遠ざかっていく後ろ姿には、もはや夢見る少年の面影は残っていない。
 戦うとはこういう事だ。人の死の色と匂いを全身に受けて、それでも手を穢し続ける事だ。
 カルマは血を吸った剣を手に取る。
 無機質な感触は、昔、スノウに手渡された剣と同じ―――否、あれよりももっと冷たく重かった。



「…重いよ………スノウ………」



 夢の終わりは、幸せだった日々との決別だった。













ふと思いついて一気に書き上げた話です。ちょいとラプソネタも入ってます。
テーマは重い(ように見える)のに、ノリと勢いだけであまり深く考えずに書いたら
エラく薄っぺらいお話になってしまって愕然。…い、イカンイカン(汗)
取り敢えず、船長自らホイホイ白兵戦に出て来ちゃマズイだろ…と突っ込んでみる(爆)



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