繋いだ手







 父が大切にしていた壺が割れてしまった。

 違う。わかっている。僕の所為じゃない。僕が悪いんじゃない。
 背の高い本棚のすぐ脇だなんて、死角になりやすい場所にあんな物を置いておくのがいけない。
 僕が勉強に使う本を、あんな高い位置にしまっておいたのも悪い。
 女中は何をやってるんだ。後でちゃんと叱っておかなければ。
 主人の使う物を使いやすいようにしておかなくて、何の為の使用人か。全く腹が立つ。
 そう思っているのに。胸の内の黒い霧は晴れなかった。
 割れた壺は袋に詰めて、倉庫の中に隠し…じゃない、片付けておいた。周りにたまたま誰もいなかったから、仕方なく僕がやった。今にして思えば堂々と誰かを呼んでやらせれば良かったのだ。だって僕は悪くないのだから。使用人は使用人の責任を果たすべきなのだ。出来の悪いものはそれなりの罰を受けるべきなのだ。
 そう思っているのに、瞼の裏に浮かんでくるのは、僕への怒りをあらわにした父の顔。
 責めを負うべきは僕じゃないってわかっているのに、払っても払っても幻は消えない。
 何で…何で…こうなっちゃったんだろう…。
 思えば、僕が今、ここにこうしているのも変な話だ。ラズリル郊外、人気のない林の中。
 小さな頃からお気に入りだった、僕と彼の秘密の遊び場。
 昔から、何かあると、僕は決まってここに来た。嫌な事があったり、何となく一人になりたい時。僕の足は決まってここへ向いた。
 そして今また僕は、ここにいる。
 まるで人目を忍ぶかのように。
 おかしいな。隠れなきゃいけない理由はないはずなんだけど。
 ―――違う。隠れてるわけじゃない。僕は隠れたりなんかしていない。
 座り込んだまま立ち上がれないのは、顔を上げる気になれないのは、罪悪感の為なんかじゃない。
 必死に自分に言い聞かせてみせるけど、消えない幻は尚も胸を重く塞いだ。
 
 ―――帰らなきゃ。
 気付けば辺りはすっかり暗くなっている。
 ―――でも帰りたくない。
 父の顔は見たくない。
 怒れる幻を鎮める為の言い訳を、僕はまだ思いついていないんだ。

「――――スノウ!?」

 声は、唐突に降ってきた。

 見上げた先に見知った蒼があった。海をそのまま映し出したかのような瞳を見た瞬間、安堵の溜息が漏れる。そう―――多分、やっとこれで僕には、居場所が出来たから。
「遅くなっても帰って来ないから…心配、したよ」
 普段表情に乏しい彼が、それでも微笑んで差し伸べた手を、僕は掴んだ。
 想像を裏切る力で引っ張られ、立ち上がった僕はバランスを崩しそうになる。
「―――探しに来てくれたの?」
 転びそうになりながらも何とか発した問いに、僕を支えながら彼は頷いた。
「多分ここだと思ったから―――会えて良かった」
 そう告げた海色の瞳は僕の全てを見透かすようで。
 忘れかけてた罪悪感に再び襲われそうになって、僕は目を逸らした。
「父様に言われて来たの?」
 動揺を気取られないようにつっけんどんに聞くと、首を横に振った。
 こんな遅い時間に黙って出て来たら叱られるんじゃ…。
 言葉にはしなかったけど、僕の表情から言いたい事は察したらしく、ちゃんとお館様には断ってきたから、と事も無げに言う。
 安堵したのは事実だけど、これで帰らなくては――父の顔を見なくてはならなくなった事に、僕の胸はまた重く沈む。
 その時、彼がふと声を上げた。
「スノウ、血が――!!」
 見ると、右手に少し血がこびりついていた。多分、壺の破片を片付けた時に切ったのだろう。大した傷じゃなかったので気が付かなかった。
 でも、気が付いてしまった彼は、心配そうな瞳でこちらを見つめてくる。
 ―――昔からそうだ。彼の前では僕は嘘がつけなかった。
 彼はいつも、迷いなく、まっすぐこちらを見つめてくる。頭ごなしに叱られるより、色々五月蝿く訊かれるより、僕にはこっちのほうが堪えた。
「壺をね―――割っちゃって。その破片で切ったんだと思う…」
 彼の顔をまともには見られなくて、やっぱり目を逸らしながら僕は答える。
 ―――認めてしまった。
 わかってた。本当は充分過ぎるくらいにわかってた事だから。
 でも、何時間もあんな思いをしたというのに、こんなにアッサリと白状させられてしまった事が、なんだか悔しかった。
(僕は君より弱い……?)
 今、胸を重く塞ぐのは、さっきとは別の鉛。
 なのに。
「そう―――――」
 何でもない事のように、君は再び当たり前のように僕に手を差し出して。
「―――――うん」
 躊躇う気持ちがなかった訳ではないけれど。
 それでも今は、君が隣にいてくれる事が嬉しかったんだ―――。

「謝らなくちゃね」
「―――――――うん」
 掛けられた言葉に、素直に頷く事が出来たのは、繋いだ手の温もりの所為だろうか。







子供時代のほのぼの話を書きたかっただけなんですが、
書きあがってみてなんじゃこりゃ(汗)
文章が稚拙すぎる…!!(涙)やっぱり書いてないと書き方を忘れますね。
そもそも書き方云々の前に普段の日本語を何とかする所から始めたらいいよ結美さん…!!




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