―――風の行方―――





「綺麗だったのに……勿体無いな」
 呟きと共に短くなった髪に触れてきた指先を、ルックは素っ気なく払いのけた。
「肉体なんて所詮仮初めの器に過ぎない。髪の長さなんてどうだっていいだろ」
「相変わらずだな」
 皮肉げな笑みと共に肩を竦めるトランの英雄を、ルックは忌々しげに睨め付けた。
「全く、そんなくだらないことを言いに、わざわざグラスランドくんだりまで来たってのかい?生憎僕は、あんたのお喋りに付き合っていられるほど、暇じゃないんだ」
「つれないな…共に戦った仲間の最後を、見送ることすら許して貰えないのか?」
 ゼファの口から出た思いも寄らぬ言葉に、ルックは一瞬、虚をつかれたような表情になった。
「…意外だな……あんたのことだから止めに来たんだろうと思ってたんだけど」
「止めて欲しかったのか?」
「まさか。邪魔するっていうなら、誰であろうと切り裂くだけだよ」
「だろうな」
 ルックはゼファに向き直り、口許を不敵な笑みに歪めた。
「僕がこれからしようとしてることを知ってて、頑張れとでも言いに来たってのかい?やれやれ、酔狂なことだね。こっちは、大事の前にソウルイーターとやり合うなんて、難儀な事態になったものだと覚悟してたってのに。拍子抜けだよ」
「おまえがやろうとしているのが自己犠牲だって言うなら、それこそ力ずくでも止めたけどな」
「ふうん……」
 切れ長の瞳がすっと細められる。探るような、挑発めいた口調で、ルックは続けた。
「一応僕の目的は、永遠の『完全』だなんてふざけたもので世界を縛ろうとする紋章の軛から、この世界を解放することなんだけど?」
「違うな」
 傍らの幹に背を預け、ゼファは腕を組み、視線を虚空に向かって投げた。
「最初に会った時から、おまえは世界の行く末になど興味を持っていないように見えた。ただ吹きすぎる風のように、この世界の表層に触れるだけ。滅ぶも永らえるも、それは世界が決めること。世界は人を必要としてなどいない、人がどう足掻こうが、世界には何ら関係のないこと…そう言っているように見えた。―――今もそうだ。おまえはあの時から、少しも変わっていない」
「…………」
「おまえのしていることは世界救済の為の聖戦なんかじゃない。ただの私怨だ。おまえは、おまえ自身の魂を縛り続けてきた紋章に復讐したいだけだ。違うか?」
「………言ってくれるね」
 銀色の月光に、淡く輝く髪を掻きあげながら、風の申し子は低い声で呟いた。
「図星か?」
「答える義務はないよ。あんたがどう解釈しようが関係ない。僕は僕のやりたいようにやるだけだ」
「………おまえの好きにすればいいさ」
 感情の見えぬ声で呟き、ゼファは樹に凭れた姿勢のまま、静かに瞳を閉じた。そのまま、森とひとつになってしまったかのように沈黙した彼から顔を背け、ルックはその脇をすり抜け、足早に立ち去ろうとした。その背中を、朗々とした声が呼び止める。
「ルック」
「まだ何か?」
 苛立たしげに振り返ったルックの瞳が、黒曜の視線と絡み合った。
「もしおまえが死に損なったら―――その時は俺が殺してやる」
 小さく息を呑む声が聞こえた。僅かに瞳を見開いたその表情は、彼らしくもなく、あどけなく見えた。
 が、それも一瞬だけで、ルックはすぐに、口角を勝気な笑みの形に引き上げた。
「余計なお世話だよ死神。あんたの手は必要ない」
 突き放した、しかしどこか満足げな声で言い置いて、ルックは再びゼファに背を向けた。
 華奢なその輪郭が、月光に融けるようにして消えてゆく。
 何事もなかったかのように静寂を取り戻した森の中、ただひとり残された少年は、風の名残を懐かしむかのように、暫し夜の闇を見詰めていた。
















3のED前に、ルックが坊と会っていたら…な妄想。
坊ルクは甘々とはほど遠い、駆け引き、腹の探りあい的な関係が好み。
坊×ルックじゃなくて、坊VSルックぐらいのが、私の性に合ってる気がする(苦笑)





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