■ありがとうを、君に■







「なあ、リト」
 その日。ポーランドは朝からずっと、何処となくそわそわした印象だったから。何か言いたいことがあるんだろうな……とは、俺も思っていたけれど。
「誕生日って、知っとる?」
「へっ?」
 口に出された言葉の唐突さ、思い掛けなさには絶句するしかない。いや、ポーランドの発言はいつだって大抵、俺の発想の斜め上を軽く飛び越えて行くんだけど。
 ソファに浅く腰掛けテーブルに肘を付き、組んだ指の上に顎を乗せた姿勢で、ポーランドはじっと俺の顔を見ている。澄ました表情を繕ってはいるけれど、ほんのりと上気した頬と口角をやや下降気味に結んだ唇は、緊張とか期待とかいったものが彼の中に内包されていることを示している。
「いや、そりゃ知ってるけど……」
 今回の場合は、言われた内容そのものに驚いたのではなく、質問の意味を図りかねて戸惑ったというのが正しい。そりゃそうだよ、何の前振りもなく、更にこんな意味深な視線を向けられたりしたら、誰だって返答に困るに決まってる。
 誕生日という言葉の意味なら、勿論俺だって知っている。命あるものが、初めて一個の存在として、この世に生れ落ちた日。知識として語るならこんな感じで、そして概ね間違っていないとは思う。
 けど、幾らポーランドでも、こんな当たり前の答えを聞きたいが為に、俺にこんな質問をしたわけじゃないだろうし。
 ポーランドが俺に何か質問をする時、彼の中では欲しい答えは既に決まっていることが多い。正解を探しあぐね、何も言えないまま首を傾げた俺に、ポーランドは少し躊躇いがちに言った。
「俺らにも、あってもいいと思わん?」
「何が?」
「だから、誕生日」
 俺は思わず目を瞠った。
「え?でも、俺たちが生まれた正確な日付なんて、俺たち自身だって知らないよね?」
 確かに、俺たちは国家という名の生き物だから、大きく括れば「命あるもの」のカテゴリに含めることは出来なくはないだろうけど。
 でも、俺たちと人とでは、その誕生の経緯からしてまるで違う。一応、形式的なものとして建国記念日なんてものはあるけれど、「俺」個人はそれが定められる遥か以前から存在していたし、明確な自我を持ち始めたのはいつの頃からだったかなんて、それこそ覚えちゃいない。ポーランドにしたって、その辺は俺とそんなに違わないだろうに。
 何で突然こんなことを言い出すんだろう……そこまで考えて俺は、ポーランドの部下の中に、先日お子さんが誕生日を迎えた人がいるのを思い出した。仕事でポーランドと一緒にいた時に偶々擦れ違ったその人は、両手いっぱいにプレゼントを抱えて、帰ったらパーティーなんですよ、と、本当に嬉しそうな顔で笑っていた。
 そのパーティーに俺たちは出席することはなかったけど、それがどんな素晴らしい光景だったかは見なくても想像はつく。暖かい部屋の中、大勢の人に囲まれて、その子供は祝福されたんだろう。たくさんのご馳走とプレゼントが用意され、幸せなひと時を過ごしたに違いない。
 もしかして。
 俺は向かいのソファから立ち上がってポーランドの隣に座りなおした。ポーランドは物問いたげな視線を俺に向けたけど、結局は僅かに唇を震わせただけで再び口を噤んでしまった。こんなことは本当に珍しい。
「ポーランド、羨ましくなっちゃったの?」
 誕生日を祝う、という慣習は人間特有のものだけど、お祭り好きのポーランドのことだから、自分も真似をしてみたいと思うのは無理のないことかもしれない。
 正直、俺にとっては今生きていることが全てだから、生まれた日が何月何日かなんてそんな数字の羅列はどうだってよくて。だから、誕生日を祝うっていったって、果たして何がおめでたいことでお祝いの対象になるのかは、いまいち理解出来なかったんだけど。
 でも。ポーランドがそれを望むなら。
「そうだね。楽しそうだもんね、誕生パーティーって」
「………そんなんじゃないし」
 てっきりやる気満々で身を乗り出してくるかと思ったのに、ポーランドの受け答えは淡々としていて寧ろ素っ気ない。
「パーティーをやりたかったわけじゃないの?」
 僅かに伏せられた若草色の瞳を覗き込むように見詰めると、ポーランドは訥々と言葉を探すような口調で言った。
「俺もこないだ聞いたとこなんだけど。誕生日って、生まれてきてくれたことに感謝する為の日らしいんよ」
「……………」
「だから、絶対に正確にこの日に生まれたとか関係無しに、俺らにもそういう日って、あってもいいと思わん?」
 小首を傾げて告げられた言葉に、俺は目から鱗が落ちたような心地がした。
 何より、今俺の目の前にいて、俺と言葉を交わしてくれている人物は、俺がこの世で最も共に在ることに感謝を捧げたい相手だから。
 いつだって俺の一番近くにいて、俺を振り回してくれて。俺の存在を受け入れて、守ってくれて。長い歴史の中、離れ離れになったことも一度や二度じゃなかったけれど、どんな時でも彼は俺の帰る場所でいてくれたし、俺の支えで在り続けてくれた。
 ポーランドがいてくれなかったら、俺は今、ここには存在しなかったかもしれない。
 俺の隣を歩き続けてくれた彼に、そして、この世界で彼と出会えた奇跡に、感謝の気持ちを形として伝えられる日があるのなら。
 それはなんて素晴らしいことなんだろう。
 ずっと謎だった疑問の答えを、やっと見付けられた感触に、俺は大きく頷いた。
「うん。そうだね。そんな日があったら素敵だなって思うよ」
 隣にいてくれてありがとう。
 一緒に歩いてくれてありがとう。
 気恥ずかしくて言えないようなそんな台詞も、記念日という名の形式にほんの少し背中を押して貰えれば、きっと、素直に口に出せると思うから。
「よーし!!なら、ポーランドルール発動!リトの誕生日は今日だし!!」
 突然、鼻先に指を突きつけられて行われた高らかな宣言に、俺は盛大に面食らった。
「え?えええ何それ!?何で今日!?いきなりすぎるよ!!」
「口答えすんなだし!俺が今日っつたら今日なんよ〜」
 さっきまでのしおらしさは何処へやら。急に元気になってによによ笑うポーランドに、俺は慌てて思考を巡らせる。今日。何で今日?今日は何の日だっけ…?
 2月16日。
 数字が閃光のように脳裏に閃いて、はっとした。
 独立記念日。
 度重なる戦争で傷付き、ポーランドと切り離され、国としての形を失いかけていた俺が、再び自分の足でこの世界に立つことを決意した日。
 確かに、俺の誕生日と定めるのに、これ以上相応しい日は他にないだろう。
 俺が納得したことを認めて、ポーランドは口角を吊り上げて満足そうに笑った。
 覚えていてくれたんだ。そう思うと、胸の内がじんわり温かくなってくる。
 参ったな。数字の羅列になんて、今の今まで全く興味なかったのに。
「っていうか、もしかしてポーランド、朝からずっとこれを言おうとしてたの?」
 意味もなく俺の周りをうろうろしたり、何かを言いかけて止めたり、俺が話しかけても気付かなかったり。遣ること為すこと、何処かちぐはぐで落ち着きがなくて。今日のポーランドは朝からずっとこんな調子だった。多分、彼の頭の中は一つのことだけでいっぱいで、いつ言ったものか、どう切り出そうか、その切っ掛けをずっと窺っていたのに違いない。
 腑に落ちなかったその態度の全てが俺の為だったんだと思うと、いじらしさについ頬が緩みそうになる。
 ポーランドは困ったように俺から視線を逸らして、もごもごと口籠った。
「だって……俺、まだ一度も言ってないし」
 え……?
「800年」
 そこで一拍呼吸を置き、若草色の瞳で真っ直ぐに俺を貫いて。
「800年近くも前から一緒にいて。なのに俺まだ一度もリトに、ありがとうって言ってないんよ」
 だから…今日なら言えると思って。
 最後は呟くように言って、耳まで紅く染めたポーランドを、殆ど反射的に俺は抱き締めていた。
「ちょっ…リト苦し…っ…」
 藻掻いて逃れようとするのを許さず、腕の中にしっかりと閉じ込める。
 どうやら抵抗は照れ隠しだったみたいで、ポーランドはすぐに大人しくなり、俺の肩に身体を預けてきた。
「ありがとう、ポーランド」
 感極まって呟けば、拗ねたような声が耳元に返る。
「だからそれ俺の台詞。勝手に取んなだし」
 胸を押し返すようにしてポーランドは身体を離し、覚悟を決めたような表情で俺の顔を覗きこんだ。
「リト、誕生日おめでとう。そして……生まれてきてくれて、ありがとう」
 相変わらず頬は紅かったけど、やっと言い終えてほっとしたように、ポーランドは満面の笑みを浮かべて自分から俺に抱きついてきた。
「どう致しまして……これからもよろしくね。ポーランド」
 愛しくなって、背に回した腕に力を込めれば、ふふっと嬉しそうに肩を揺らして彼は笑った。
「パシリ暦800年の栄光に乾杯だし」
「ちょっ……何それ俺が800年の間パシリしかやってなかったみたいな言い方」
「心配せんでもパシリはリトの専売特許だし。但し俺限定のだから、他の奴に遣われるのは認めんし!!」
 だから、これからも、お前はずっと俺の隣におること!これポーランドルールだし!
 彼らしい押し付けがましさに込められた願いと祝福に、泣き出したくなるほどの暖かさと幸福を感じながら、俺は2月16日という数字を胸の内にしっかりと刻み込んだ。
 忘れない。
 今日という日のことを、この日を俺の誕生日に選んでくれた彼のことを。そして、来年もそれから先もずっと、この日を彼と共に過ごせるようにと祈りと込めて。綻びかけた蕾のような唇に、俺は自分のそれをそっと重ねた。






 Su gimimo diena!!













リトお誕生日おめでとうvv

リトの誕生日である2/16は言わずと知れた独立記念日ですが、
でも独立宣言が行われた1918年以前もリト自身は存在してた訳で。
あれ?じゃそれ以前って誕生日はなかったのかな?…と。
(建国記念日があるじゃないか!…と言われそうですが、
『誕生日』が人生の途中に変わるってのは私的に違和を感じるので)
や、でもヘタキャラの誕生日の定義ってキャラによってまちまちだし、そもそも誕生日自体人間の概念だし、
だったら、いっそポーがリトの誕生日決めたとかでもよくね?…とか思ったのが執筆の切っ掛けだったり。
リトは他人の記念日は凄くよく覚えてて大切にしてくれそうですが、
自分自身の記念日に関しては、あまり関心がなさそうなイメージがあります。
でも、ポーが決めてくれたものなら大切にするよ、って思ってたら良いな…なんてね。





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