■すてきなホリディ■







 ラジオから流れるジングルベルが、浮き立つ心を後押しする。
 メロディにあわせて鼻歌を口ずさみながら、ポーランドはリビングに置かれたクリスマスツリーの飾り付けをしていた。楽しそうにしながらも、オーナメントの配置バランスを計る目は真剣そのものだ。金銀の星や雪の結晶、色鮮やかな人形やリボン―――自分の背丈よりも高い樅の木に、手際よく飾り付けてゆく。少々ピンク色の配分が多いのは、勿論ポーランドの趣味によるところだ。
 その隣ではラトビアが、きらきらと輝くモールを腕いっぱいに抱えて、部屋の飾り付けをしていた。普段きちんと片付いてはいるものの、何処となく殺風景なリトアニアの家のリビングが、金や銀の飾りで華やかに彩られてゆく。ドアには、ヒバの葉や松ぼっくりが編みこまれた大きなリースが掛けられた。これはラトビアが自分の家から持参してきたお気に入りのものだ。
 綺麗に飾り付けられた部屋の中、リトアニアの作った料理がテーブルの上を賑わせている光景を想像して、ラトビアはわくわくした。ここ暫くは仕事が色々大変だったお陰で落ち込むことも多かったが、クリスマスはそんな嫌な気分さえもサッパリと吹き飛ばしてくれる。昔馴染みの面々が久々に顔を揃えてのパーティを思えば、自然と口許も綻んだ。
 だがここで、ラトビアの手がはたと止まる。
 最後のモールの先端を、部屋の一番隅の壁へと留め付けたいのだが、その前に置かれている棚が邪魔をして、小柄なラトビアでは手が届かないのだ。勿論踏み台は使っているのだが、そもそもの飾り始めからモールを高めの位置に取り付けてしまったのが敗因だった。
 手の届く位置に適当に取り付けて終了にしようかとも考えたが、折角のここまでの頑張りが、最後の妥協で全て無駄になってしまうような気がして納得出来なかった。かといって、全てのモールを低い位置に飾り付け直すのは流石に面倒だ。
 ラトビアはそっとポーランドを振り返った。彼も欧州の国にしては小柄だが、それでもラトビアよりは背が高い。彼なら手が届くかもしれない。だが、ツリーに夢中になっている様子のポーランドを目にすると、声を掛けるのは躊躇われた。
 ラトビアは踏み台の端ギリギリのところに立ち、棚の上に身体を乗り上げるようにして、その奥の壁へと手を伸ばした。指も腕も足も、伸ばせるところは全て伸ばして、狙ったポイントへ近付こうとする。あと少し……と思った時、伸び上がった爪先がつるりと滑って、ラトビアはバランスを崩した。危うく転落しかけたところを、大きな手が後ろから支えて受け止める。
「何やってるの。危ないな」
 慌てて振り向くと、キッチンでリトアニアを手伝っていたはずのエストニアが、呆れた顔でこちらを見下ろしていた。ラトビアが何か言うより早く、エストニアは長い腕を伸ばして、モールの端を隅の壁に踏み台も使わず取り付けてしまった。
 その一部始終を、ラトビアは呆然と見詰めていた。突然のことに思考が追いついていかず、ただ瞬きだけをぱちぱちと繰り返している。
「届かないなら、無理しないで言えばいいじゃないか」
 冷ややかな口調で言われて我に返り、ラトビアは首を竦めた。
「でも……皆さん忙しそうにされてるのに、邪魔したら悪いかなと思って…」
「それで怪我でもされたら、後々もっと面倒なことになるだけだって、わかるよね?」
 ラトビアの菫色の瞳がみるみるうちに潤んでくる。そんな言い方しなくても…とは思うが、たった今踏み台から落ち掛けたばかりでは言い返すことも出来ない。
 エストニアも言い過ぎたと思ったのか、気まずそうな表情を浮かべてラトビアから視線を逸らす。しかし、互いに次に言い出す言葉を見付けられず、微妙な雰囲気が漂い始めたところで、ポーランドののんびりした声が場の空気を変えた。
「何しに来たんエストニア?まだ料理完成には早くね?」
 エストニアは答えようと口を開きかけたが、そこへ両手にボールと泡だて器を抱えたリトアニアが、リビングの入り口からひょいと顔を覗かせた。
「どうしたの?エストニア、そろそろ時間じゃない?行かなくて大丈夫?」
「ええ。もう行きますよ。ここにはコートを取りに来ただけですから」
「え…?エストニアさん、何処かに出掛けるんですか?」
 ラトビアが目を丸くする。そんな話は聞いていない。今日は一日ずっと四人で過ごすものだと思っていたのだ。
「フィンランドさんにバイト頼まれたんだよね」
 リトアニアが言うと、ポーランドが愉快そうに声を立てて笑った。
「ああ、例のヤツか!!」
「ちょ…リトアニア…!」
 余計なこと言わなくても…と、エストニアは眉を顰めた。子供たちに夢を配るというフィンランドの仕事に付き合わされるのはこれが初めてではないが、あの世界的に有名すぎる衣装を着ることに抵抗がなくなった訳ではない。普段がインテリ然としているだけに、余計に気恥ずかしく感じるのだろう、エストニアがその格好を馴染みの顔ぶれの前で披露したことは、まだ一度もない。
「エストニアのサンタとかって、俺マジ見たいんだけど〜」
 ポーランドのによによ笑いを、エストニアは軽い咳払いひとつでスルーした。
「途中までしか手伝えなくてすみません」
「いいよ、気にしないで。フィンランドさんによろしく。気を付けて行って来てね」
「はい。なるべく早く終わらせて戻ります。ラトビア、はしゃぎ過ぎてリトアニアに迷惑を掛けないようにね」
「わ……わかってますよ……」
 反論など出来るはずもなく、小声でそう答えるのが精一杯だった。コートを羽織ったエストニアの後姿がリビングから見えなくなったところで、ラトビアは唇をヘの字に歪め、肩で息を吐いて俯いた。
 どうして自分はいつもこうなんだろう…。でも、エストニアさんもエストニアさんだ。折角の楽しい日なんだから、もう少し優しくしてくれたっていいのに。
 見るからに落ち込んだ様子のラトビアを励まそうと、リトアニアは明るい声で言った。
「ほらほら、折角のクリスマスなんだから、嫌なことは忘れて楽しくやろうよ。ところで、飾り付けは終わったの?」
「勿論だし〜!どうよ、俺らの自信作!!」
 ポーランドが得意げに胸を張る。リトアニアは改めて部屋の中を見回した。
 マホガニー調の壁をぐるりと彩る金銀の輝きと、華やかに飾られたクリスマスツリーのイルミネーションが、見事な調和を見せている。柊のオブジェとフェルトで作られた靴下のマスコットが部屋のそこかしこにさり気なく散りばめられ、可愛らしいアクセントとなっていた。
「へぇ、見違えたな。よく頑張ったね」
 リトアニアは感嘆の声を上げたが、俯いたままのラトビアは、リトアニアの目線はきっとツリーのほうにばかり向いているのだろうと考えていた。後ろ向きの思考に嵌り込んでしまった彼は、先程ポーランドが『俺ら』と複数形の発言をしたことに気付いていない。
「こんなに綺麗に飾り付けして貰ったんだから、料理のほうも気合い入れないとね。ポーランド、手伝ってくれる?」
「ええ〜、俺もうマジ疲れたし〜」
 ソファにごろりと横になって追加職務拒否の姿勢を見せるポーランドに、リトアニアは呆れて眉を寄せる。
「もー、ポーランドは自分のやりたいことしか頑張らないんだからー」
「あ、あの、僕手伝います」
 ラトビアがさっと手を上げる。リトアニアは一瞬手元のボールに視線を落とし、頷いた。
「ありがとう、ラトビア。じゃ、これお願い出来るかな」
 ラトビアはボールを覗き込む。中に入っていたのは、泡立てられる前の生クリームだった。受け取るや否や、その場でガシャガシャと掻き回しはじめるラトビアを、リトアニアはやんわりと苦笑混じりに制した。
「ここでやったら、折角の飾りにクリームが跳ねちゃうよ。あっちに行こう、ラトビア」
「あ……すみません」
 エストニアに注意されたばかりなのに、早速やってしまった。しゅんと肩を落とし、ラトビアはトボトボとした足取りで、リトアニアの後をついてキッチンへ向かった。






 柔らかく煮込まれた鶏のスープの美味しそうな匂いが、家の中いっぱいに広がってゆく。
 ダイニングテーブルの上には、焼き上がったばかりの菓子がずらりと並べられている。クッキーにマフィン、ポーランドの大好物のパルシュキもあるが、中でも一際目を引くのが、リトアニアが朝から作っていた林檎のタルトだ。艶やかな焼き色と、甘く香ばしい香りが食欲をそそる。とろりと泡立てた生クリームを添えれば、そこいらのカフェのスイーツに見劣りしない出来映えになるだろう。
 ポーランドはリビングで昼寝でもするのかと思いきや、やはり一人取り残されるのが寂しかったのか、結局は一緒にキッチンにくっ付いてきた。だが手伝いはせず、テーブルに頬杖を付き、調理の様子を眺めながら賑やかしく喋っている。忙しそうに動きながらもリトアニアがそれに相槌を打ち、明るい笑い声が溢れる。
 料理をしている時のリトアニアはとても楽しそうだ。仕込みの終わった野菜や茸を、慣れた手付きで鍋の中へと入れてゆく。
 エプロンの後姿を見て、ラトビアはこっそり溜息を吐いた。
 家事に限らず、リトアニアは何をやらせても大抵は卒なくこなす。情報工学こそエストニアには及ばないが、ずば抜けた適応力を生かして様々な業務でそれなりに高い成果を上げている。頭の回転は速いし、運動神経も悪くない。穏やかで気遣いの出来る性格もあって、他国からの信望も篤い。
 エストニアは優れた情報技術を有し、また生来の要領の良さもあって、やはり仕事では高い成績を誇っている。落ち着いた物腰は知性の高さと育ちの良さを覗わせ、加えて容姿も秀でている。
 何をしても、何をとっても、自分は二人に敵うものを一つも持っていない。
 ―――自分だって未熟なりに努力はしているのだ。先程のエストニアとの遣り取りを思い出すと、どうにも苛々が込み上げてくるのを抑え切れない。
 けれど、様々なミスを繰り返し、その度に他のバルトの二人にフォローされ続けてきた自分の過去を顧みると、頼りないと思われるのも無理はないと自覚もしている。そんな自分が情けなくて、ラトビアの気持ちは益々重く沈んでゆく。
「ラ、ラトビア……もうその辺でいいんじゃないかな…?」
 リトアニアの声にはっとした。考え事をしていた所為で、手元のボールへの注意が散漫になっていた。苛々に任せて掻き回し続けていた生クリームはいつの間にか、とろりどころかすっかり硬くなってしまっている。
「ご…ごめんなさい!!僕、うっかりして……!!」
 涙目のラトビアを、リトアニアは少し困ったように笑いながら宥めた。
「あー…大丈夫だよラトビア。封を切ってない生クリームはまだあるし、すぐに作り直せるから。それより、倉庫に行ってジャガイモを一袋持って来てくれる?」
「はっ、はい!!行ってきます!!」
 殆ど直立不動の姿勢でラトビアは返事をし、ダッとキッチンを飛び出した。
 またやってしまった。再び込み上げてきた情けなさに胸が詰まる。
 しんと空気の冷えた無人の倉庫に入ると、虚脱感で肩がガクンと落ちた。
 扉に凭れ掛かって宙を仰ぎ、泣き出したくなる衝動をやり過ごす。
 澱んだ気持ちを搾り出すように、幾度か大きく息を吐き出してから、漸く気を取り直してラトビアは倉庫の奥へと進んだ。
 薄暗い照明に目が慣れた頃、床に積まれたジャガイモの袋を見付けて、その一つを抱え上げた。
 今度こそ大丈夫。心の中で小さく気合いを入れて、キッチンに引き返そうと一歩踏み出した時。
「わっ!?」
 脇に置かれていた木箱に蹴躓いて、ラトビアは派手に転んでしまった。
 手の中から袋がすっぽ抜け、ジャガイモがごろごろと音を立てて床を転がった。慌てて拾い上げて袋に詰め込んだが、袋を持ち上げた途端にまたしてもジャガイモが転がり落ちた。
 見ると、袋の底にぽっかりと穴が開いている。転んだ拍子に破れてしまったのだろうか。次から次への失態に、ラトビアはまたしても泣きたくなった。
 本当に。どうしていつも僕ばかり、こんな目に遭うのだろう。困ったような笑顔で肩を竦めるリトアニアと、呆れた表情を浮かべたエストニアの姿が脳裏を過ぎる。
 幾ら頑張っても彼らに追い付けない現状を思い、ラトビアは絶望的な気持ちになった。
 神様は不公平だと、心底そう思う。
 穴の開いた袋と散乱したジャガイモを交互に見詰め、ラトビアは暫く途方に暮れていたが、やがて潤んだ目許を服の袖で拭うと、のろのろとジャガイモを拾い集め始めた。






 ポーランドの指が菓子に向かってそろそろと伸びてゆくのを目敏く見付け、リトアニアは視線を尖らせた。
「駄目だよ。ちゃんと皆揃ってからね」
「えー、こんなにあるんだし、一個ぐらいよくね?」
 不貞腐れるポーランドを尻目に、リトアニアは壁の時計を見上げた。
「ラトビア遅いね。何かあったのかな?」
「別に山向こうまでジャガイモ買いに行っとる訳じゃないし、心配することなくね?」
 リトアニアの顔から不安の色が消えないのを見て、ポーランドは瞬きし、頬杖の手をもう一方に替えた。
「リト。お前とエストニア、ラトのこと過保護にしすぎ」
「えっ?」
 リトアニアの目が丸くなる。
 確かに自分やエストニアに比べ、まだ幼さの残るラトビアに対して、庇護の気持ちがないと言えば嘘になる。しかしまさか、ポーランドに過保護と評される程だとは思わなかった為、リトアニアは戸惑いを隠せない。
「過保護にしてるつもりはないんだけど…」
「あ、リト。林檎余っとるんなら一つくれん?夕飯までまだ時間あるし、俺の腹もう保ちそうにないんよ〜」
 気侭に話題をころころと変えるポーランドに、リトアニアは呆れ返った。
「もー…仕方ないなぁ…」
 視線を鍋に向けたまま、リトアニアは林檎を手に取った。後ろを見もせずに放り投げられたそれは、しかし背中に目が付いているのではと疑いたくなるほどの正確さで、見事な放物線を宙に描く。ポーランドも全く動じず、椅子に腰掛けたまま、飛んできた林檎を片手で悠々とキャッチする。
 ダイニングテーブルの上には、先程まで仕込みに使われていたと思しきナイフが置いてあった。それを横目で見ながら、ポーランドは敢えてリトアニアの背中に呼び掛ける。
「リト。ナイフも」
「そこにあるでしょ?」
 案の定、振り向きもせずにそう返される。ふむ、とポーランドは小さく頷き、指を伸ばしてナイフを手に取った。
「そ。要するにこーゆーことだし」
「……え?」
 相変わらず突拍子もないポーランドの発言に、意味を図りかねてリトアニアが振り返る。意外にも器用な手付きで林檎を剥きながら、ポーランドは澄ました声で答えた。
「もし、林檎くれっつったのが俺じゃなくてラトだったら、リト、綺麗に皮剥いて切り分けて皿に乗せてから出したんじゃね?」
「そんなこと……」
 ない、と言い掛けて、リトアニアは口を噤んだ。頭の中でシミュレーションして、ポーランドの言ったことがあながち外れていないと気付いたらしい。
「今日の準備も、な。俺は自分でツリー飾るって言ったけど、エストニアとラトの担当は逆のほうが良かったんじゃね?」
「いや、だってラトビアが、わざわざあんな高い所に飾ろうとするなんて思わなかったし…」
「そーじゃなくて。リトもエストニアも、ラトにキッチン使わせるの危ないとか思っとらん?」
 リトアニアは絶句した。部屋の飾り付けをラトビアに任せた本当の理由を、ポーランドに見抜かれていたとは思わなかった。
 ロシアの家にいた頃から、料理は主にリトアニアが担当していた。得意分野だからだというのもあるが、そそっかしいラトビアにナイフやコンロを使わせたくないのも理由の一つだった。うっかり怪我でもされたり、火事を起こされたりしたら、それこそ取り返しのつかない事態になる。
 ポーランドは自分では滅多に料理をしないが、それは単にやらないだけで、出来ない訳ではないのだとリトアニアは知っている。だから、時折彼が気紛れを見せて料理をすると言い出せば、リトアニアは特に心配もせず、彼のやりたいようにやらせている。
 対してエストニアは、それ程料理が得意なほうではない。だが、万事に亘って慎重な彼は、不得意な分野であっても大きな失敗をすることは殆どない。だから、エストニアが自分から今日の仕込みを手伝うと言い出した時、リトアニアは内心ほっとしたのである。
 皮を剥き終わった林檎を綺麗に切り分けてから、ポーランドは顔を上げてにやりと笑った。
「リトは知らんかもしれんけど、ラト、ああ見えて結構料理上手いんよマジで」
「え、嘘!?」
「嘘じゃないし〜。俺、仕事でラトんち行った時食べたし。ラトの料理」
 ポーランドの思わぬ発言に、リトアニアは自分が仕事でラトビアの家を訪れた時のことを思い返す。彼と一緒の食事はいつも外食か、もしくはリトアニアがキッチンを借りて作るかのどちらかだった。エストニアの家に行った時も外食になることが殆どだが、これは勤勉な彼と仕事について話すとついつい長引く為、食事を作る時間がなくなってしまうからだ。
「心配してやんのが悪いとは思わんけど、あんまりやり過ぎると、信用しとらんみたいじゃね?」
 ポーランドの言うとおりだ。ずっと面倒を見る立場にあった所為か、自分もエストニアも、いつの間にかラトビアのことを、一人では何も出来ない子供という目でしか見られなくなっていたのかもしれない。
「参ったなぁ……善意のつもりが、裏目に出てたなんて考えもしなかったよ」
 思えば三国が独立を果たしてからも、ラトビアが何かミスを犯す度、助けを求められるより先にリトアニアとエストニアが両脇から彼に手を差し伸べる姿勢は変わっていない。
 心配だから。頼りないから。隣り合う二国に常にそんな目で見られれば、ラトビアが自信を喪失するのも無理からぬことだ。
「早く成長してくれればいいと思ってはいたけど…子育てって難しいね。何だか、イギリスさんの気持ちがわかったような気がするよ」
 弟分であるアメリカに手を焼かされているイギリスの苦りきった顔を思い出し、リトアニアは苦笑した。別にラトビアの育ての親になったつもりはないのだが、バルトの同胞の中で一番成長の遅い彼を見ていると、やはり保護者的な感覚に陥ってしまう点は否めない。
 が。
「リト、難しく考えすぎ。面倒見るとかゆーより先に、まずはラトに前向きになって貰えばいいと思わん?」
 しゃりっと小気味良い音を立てて林檎に齧りつきながら、ポーランドはさらりと言った。
 確かにラトビアには、傍で見ているこちらが、どうして?と思うようなミスを犯すことが多いが、それはけして彼自身の能力や素質を否定するものではない。ラトビアが仕事で結果を出せないのは、寧ろその内向的で前途を悲観しやすい性格による部分が大きい。
「前向きにって……どうやって?」
「簡単なことだし。ラトのいいところって、な〜んだ?」
 少し考えて、リトアニアは躊躇いがちに口を開いた。
「素直なところ……かな?」
 我が意を得たり、とばかりにポーランドは、にんまりと口許を歪めて笑う。
「な?捻くれもんのエストニアとかより、ある意味よっぽど扱いやすいんじゃね?」
「………成る程ね」
 小さく頷き、ふと流した視線に、先程までラトビアが泡立てていた生クリームのボールが映る。何かを思い付いた顔になって、リトアニアは脇の戸棚へと手を伸ばした。






「遅くなってすみません。ジャガイモの袋が破れて、拾い集めるのに時間が掛かっちゃって……」
 よろよろしながらキッチンに入ったラトビアを、ポーランドが振り返った。
「ラトいい仕事しとるし」
 何のことかわからず、ラトビアはポカンとした表情で瞬いた。ポーランドの手にはマグカップが握られており、口の端にほんのりと薄茶色の泡がこびり付いている。
「お帰り。ご苦労様。ラトビアも飲む?」
 破れた袋で包まれたジャガイモを受け取って、リトアニアはホットココアの入ったマグカップをラトビアに手渡した。ほんのりと甘い匂いのする湯気を立てるカップを覗き込み、ラトビアはあっと声を上げた。
 ココアの上に、生クリームで作られた可愛らしい花が、ふんわり浮かべられている。
「え…これってさっき……」
 ―――僕が泡立ててた生クリームですか?
 続かない言葉の代わりにいっぱいに見開いた目で見上げると、リトアニアは穏やかに笑い返した。
「即席で作ったものだけど、なかなか綺麗に出来たと思わない?ラトビアが頑張って泡立ててくれたお陰で、丁度良い硬さになったからね」
 そう言って、テーブルの上へと投げられたリトアニアの視線を追い掛けたラトビアは、中身を出し尽くして草臥れた絞り袋と、生クリームの花で周囲を綺麗にデコレーションされた林檎のタルトを見付けて息を呑んだ。
「可愛くなりすぎちゃったかな…とも思ったんだけど、クリスマスだし、ちょっとくらい華やかでも良いよね」
「全然いいしー。大体、リトの作るケーキって、美味いけど地味なんよー。折角作るんなら、可愛いほうがいいに決まっとるしー」
「はいはい、地味で悪かったね」
 苦笑しながら軽口を叩き合う二人に、ラトビアの胸はじんわり熱くなる。
 自分を慰めるために気を遣ってくれたのだとわかっていても、頑張りを認められたような気がして、嬉しかった。
「はい…凄く……可愛いです」
 潤んだ目許を見られまいと、わざと顔を隠すようにしてマグカップに口を付ける。
 温かい甘さが口いっぱいに広がって、心まで温めてくれるようだった。
「それ飲んだら、ジャガイモの皮剥き、手伝ってくれる?エストニアが途中までやっていってくれたんだけど、あともうちょっと必要だから」
 水を張ったボールをテーブルの上に置きながら、リトアニアは言った。中には、皮を剥かれたジャガイモが入っている。少し歪な形のそれに、エストニアの苦労の跡が垣間見えて、ラトビアは思わず頬を緩めた。
 優秀で、力でも仕事でも容姿でも敵わなくて、手の届かない存在に思えた彼にも、苦手なものはある。
 そして、全てにおいて彼よりずっと未熟な自分にも、それでも出来ることはある。
 諦めずに頑張れば……もしかしたらいつかは、自分にしか出来ないことだって見付かるかもしれない。
 先程までの沈んだ気持ちをココアと一緒に飲み下して、空になったカップを置いた時、玄関のチャイムが鳴った。
「……誰だろう?」
 リトアニアが首を傾げる。今日は来客の予定は無かったはずだ。
「僕、見てきます」
 言い置いて、ラトビアはキッチンを飛び出した。廊下を小走りに抜け、扉を押し開けたところで、その動きが止まる。
 そこにいたのは、見慣れぬ格好をした、見知った人物だった。
「エストニア……さん?」
 呼ぶ声が思わず疑問系になる。白い縁取りの付いた赤い服に赤い帽子。エストニアが『手伝い』に行く時にその衣装を着ていることは知っていたが、これまで実際に目にしたことはなかった為、実感は湧かなかった。
 それがまさか、いきなり現実となって目の前に現れるとは思ってもみなかったので、ラトビアは戸惑いを隠せない。しかも、エストニアのほうから訪ねてくるなどとは、完全に予想の枠外だ。
「どうしたのラトビ……」
 後に続いて出て来たリトアニアまでもが言葉を失っている。ポーランドに至っては驚きを通り越して反射的に爆笑し掛け、慌てたリトアニアに横から口を塞がれた。
「メリークリスマス!!皆さんにクリスマスをお届けに来ましたv」
 エストニアの後ろから現れたフィンランドの明るい声が、玄関に漂う微妙な雰囲気を吹き飛ばした。
「ほら、エストニアも」
「メ、メリークリスマス……」
 フィンランドに促され、エストニアもお馴染みのフレーズを口にした。無表情を装いながらも、やはり恥ずかしいのか頬がほんのりと紅く染まっている。
「ど…どうしたんですか、エストニアさん…?」
「どうって……サンタの仕事なんて一つに決まってるだろ?」
 漸く硬直が解けたラトビアに、エストニアは小さな包みを手渡した。
「え?これを僕に……?」
 信じられないといったように、ラトビアは瞳を真ん丸に見開いて、エストニアの顔を見上げた。居た堪れないのかエストニアは視線を逸らし、ぼそぼそとした声で呟いた。
「サンタクロースは、頑張っている子にプレゼントを贈るものだからね」
「あ、こんなこと言ってますけど、これ、サンタからではなくてエストニア個人からのプレゼントですよ」
「フィンランド!!」
 にこにことそう付け加えるフィンランドを、エストニアは焦った顔で睨み付けた。
 多分、エストニアも彼なりに考えていたのだろう。ただ手を差し伸べるだけでなく、どうやったらラトビアに自信を持って貰えるのか、前へ進もうとする彼の背中を押してあげられるのかを。
「開けてみなよ、ラトビア」
 リトアニアに促され、ラトビアは包みを開いた。出てきたのは、ふんわりとした手触りの暖かそうなミトンだった。雪のような優しい白が、ラトビアのあどけない面立ちによく似合っている。
 勿論、その傍らでエストニアはリトアニアとポーランドにもプレゼントを手渡していたのだが、自分のことだけでいっぱいいっぱいなラトビアはそれどころではなかった。手の中のミトンを穴が開くほど見詰めていた彼は、突然「ちょっと待ってて下さい!!」と叫んで奥の部屋に駆け込み、何かを手にして戻ってきた。
「あの…これ…どうぞ」
 ラトビアが恐る恐る差し出した包みを受け取り、エストニアは僅かに小首を傾げた。
「開けていい?」
 小さな頭が頷くのを確認して、エストニアは包みを開く。
 入っていたのは皮製の手袋だった。品の良い艶やかな黒は、一目で上質なものと知れる。
「頑張って選んだんですけど…その…何か被っちゃいました…ね」
 そこまで呟いて、ラトビアは唇を噛んだ。勢いでうっかり渡してしまったが、やはりやめておけば良かったと、今になって後悔の念がひしひしと押し寄せてきた。
 今日のパーティに備え、ラトビアも三人宛てにそれぞれ違うプレゼントを用意していたのだが、まさか寄りにも寄ってエストニアのものが被ってしまうとは思わなかった。幾ら形状が違うとは言え、図らずも手袋同士を交換する破目になるなんて。お揃い…とはまた違うが、自分なんかと同じものを贈られて、エストニアは嫌な気分になってしまったのではないだろうか。
 後ろ向きな考えが、頭の中をぐるぐると回る。だから、掛けられた声の思いも寄らぬ優しさに、ラトビアは弾かれたように顔を上げた。
「いいんじゃないかな、これ。暖かいし、作りも確りしてるし」
 言いながらエストニアは事もなげに、両手に黒い革手袋を嵌めてみせた。
「うん、サイズも丁度いい。この後の仕事はこれを着けて頑張ってくるよ。ありがとう、ラトビア」
「え……?でも、サンタに黒い手袋なんて、合わないですよね?」
「防寒を目的に着けるんだから何も問題はないさ。重要なのは見た目より効率だよ。それに子供たちだって、冷たいよりは温かい手のサンタクロースから、プレゼントを貰ったほうが嬉しいだろうしね」
「えっ、今日はもう手伝いはいいよエストニア。皆と一緒にパーティーを楽しんでおいでよ」
 フィンランドはそう言ったが、エストニアは笑ってかぶりを振った。
「そういう訳にはいかないよ、フィンランド。手伝うって約束した以上、最後まで勤めは果たさなきゃね」
 また後でね、と手を振って玄関を去りかけたエストニアの背中に、ラトビアは慌てて、あの…と呼び掛けた。
「何?」
「え、えっと……ありがとうございます。エストニアさん」
 驚きと興奮に潤んだ瞳で見上げられ、エストニアは少しばかり困ったように視線を彷徨わせたが、思い直したように一つ息を吐くと、ラトビアの頭にぽんと手を置いた。
「頑張るのも勿論大切だけど、どうしたって一人じゃ無理なことだってあるから、その時は遠慮しないで頼っておいで」
「…………」
「その代わり、僕も頼りにさせて貰うから」
 いつかはね…と、最後は独白のように呟いて、エストニアはくるりと踵を返す。
「あ、ちょっと待ってよエストニア…!!それじゃ皆さん、良い聖夜を!!」
「行ってらっしゃい!!良かったらフィンランドさんも、後でパーティーに来て下さいね」
 リトアニアの声に笑顔で手を振り返し、二人は扉の向こうに消える。
 残されたミトンを握り締め、ラトビアは呆然とその場に立ち尽くした。
 頼る、と。確かにエストニアはそう言った。それがどれくらい先の話になるかはわからないけど、それでも彼は、ラトビアの成長を見守ってくれるつもりだと、確かにそう言ったのだ。
 ―――サンタクロースは、頑張っている子にプレゼントを贈るものだからね―――
 頼りない。情けない。そんな風にしか思われてないのだろうと、ずっとそう思っていたけど。
 頭を撫でてくれた手は、皮手袋越しでもとても温かかった。そんな気がした。
 じんわりと涙が滲んでくる。先程冷たい倉庫の中で一人流したものとは、全く性質の違う、温かな涙が。
「本物のサンタを二人も呼んでパーティーするとか、俺らマジ凄くね!?張り切って準備するしー」
 ポーランドの弾んだ声が、昇天しかけた意識を現実に引き戻した。
 服の袖で目許を拭い、ラトビアは晴れやかな顔で振り返る。
「はい、僕、頑張りますから!!」
「そうだね。豪華な料理をたくさん作って、エストニアやフィンランドさんを吃驚させてあげよう」
「うんうん。マジ頑張れだしー」
「えっ!?ポーランドも手伝ってくれるんじゃないの?」
「俺は応援と味見係だしー。まあ、どうしてもって言うなら、手伝ってやらんこともないけど?」
 ポーランドはころころと声を立てて笑う。もー…と困ったように眉尻を下げながら、応えるリトアニアもやはり笑っている。
 この地の冬は長く厳しい。街は真っ白な雪のヴェールに覆い尽くされ、鈍色の空の下、息を潜めながら春の訪れを待っている。
 それでも、暖かな家の中には温かい笑い声が溢れている。
 クリスマスにはきっと、人を笑顔にする魔法の力があるのだ。
 握り締めたミトンの手触りが、遠慮がちに包みを差し出した、大きな手を思い出させる。
 黒い皮手袋は、あの温かさを、冷たい雪と風からきっと守ってくれることだろう。
 誇らしげに顔を上げて、ラトビアは、キッチンに戻ってゆく二人の後を追い掛けた。






 お腹を空かせたサンタクロースが帰る頃には、温かな料理がリビングを賑わせているだろう。
 とびきりの笑顔と、労いの言葉で出迎えて。それから、それから―――。













タイトルは竹内まりやさんのクリスマスソングより。

結構赤の他人……なバルト三国ですが、やっぱりこの三人は何だかんだで仲良しだといいなと思います。
頼りない末弟を心配しすぎるあまり、結局弟離れ出来てない兄二人(笑)
そして、三人から一歩離れたところにいるポーが、三人のことを一番理解してたら面白いな…と。

立波はラブラブだったら、リトが進んでポーの世話を焼きたがるイメージがあるのですが、
友情だったら、これくらい砕けた関係っていうのも良いかも…なんて思ってます。
いや、ただ単に、林檎を後ろを見もせずにドンピシャの位置に投げるリトと、
微動だにせずそれをキャッチするポーとのツーカーぶりが書きたかっただけなんですが(笑)





戻る?

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送