■с и м п а т и я - スィムパーチヤ -■







 冬なんて嫌い。冬なんて大嫌い。
 緑の丘は白一色に染まり、足跡を辿らないとどこが道なのか分からなくなる。
 港は厚い氷に閉ざされ、船の群れは行き場を失って長い眠りにつく。
 ブリザードが頬を刺す日は気晴らしの外出もできない。
 暗くて長い冬。陰気な冬。
 兄さんに会えないのが悔しくて、恨めしげに外の天候を窺いながら過ごす。
 あんまりしかめっ面をしていてはダメよ、と姉さんに言われた。
 だって、しょうがない。会いたいのは止められない。
 私は、あなたに会いたい。兄さんに会いたい…。





 今日もモスクワの空には鈍色の雲が立ち込めている。
 赤煉瓦の街並みをベラルーシは一人で歩いていた。踏みしめた雪がブーツの下でさくさくと音を立てる。
 街の入り口までは送ってもらったので、歩くのにそれ程不自由はしない。待ち合わせ場所まで頼むことも出来たのだが、無粋な気がして断った。
 ふとショーウィンドウを覗き込むと、大きなリボンを付けた女性がこちらを眺めていた。新調したばかりの毛皮のコートに早くも雪が積もってしまっている。丹念に梳かした髪は、息を吐く時に出る蒸気のせいでパリパリと凍りついてしまっていた。

(これだから、冬は嫌なのだ…)

 心中で毒づきながら、雪と氷を払う。
 紫色に変色した唇にルージュを塗り直すべきかと考えていると、鏡越しにソリを引いた子供達が横切って行った。楽しげな笑い声が通りに響く。

(昔はあんな風に毎日一緒にいられたのに…)

 そんな思いがベラルーシの心中をよぎる。
 ちょっとした行き違いで、私達の道は分かたれてしまった。
 どうやったら元に戻れるのか、分からなくて途方に暮れる。
 だって、結婚という言葉を口にする度に兄さんは怯えたような顔をするのだから。
 私はただ、兄さんと一緒になりたいだけなのに…。

 いつも笑っている優しい兄さん。
 でも、時々ひどく遠い眼差しをする。
 どこか知らない場所に行ってしまうんじゃないかと不安になる。
 ふいに心に浮かべる面影が鮮明に鏡に映し出されて、ベラルーシは思わず目を見開いた。

「兄さん…?」
「おはよう、ベラルーシ。待たせちゃったかな?」
「いいえ」
 振り向いた拍子に、長い髪がふわりと揺れる。背中まで流れる金色の髪はベラルーシの密かな自慢だった。
「いいえ、兄さん。今来たばかりよ」
「そうか。それなら良かった」
 穏やかな笑みを湛えた青い瞳。トレードマークの白いマフラーにグレーのコートが長身に映えている。それは凛と張り詰めた真冬の景色にとてもよく似合っていた。
 兄さんは今日も素敵だ。胸の奥でそっと呟く。
「奉神礼の時間まではまだ余裕があるから、教会まで歩いて行こうか」
 腕時計を確かめながら、ロシアが告げる。
「ええ」
 頷いて、もう一度ショーウィンドウをちらりと見る。顔色が悪くはないだろうか。やっぱり紅を差しておいた方がよかったかもしれない。兄さんの前では、いつも綺麗でいたかった。
「ベラルーシ」
 冷気をはらんだ真冬の風が急に勢いを増す。吹き付ける突風に、少女は一瞬、目を伏せる。
「ちゃんと帽子を被らないと、髪が濡れてしまうよ」
 そう言って、ロシアは大きな帽子をすっぽりとベラルーシの頭に被せた。温もりが残る帽子に包まれて、ベラルーシの顔と耳がほかほかと温かくなる。顔が火照ってしまった気がするのは、錯覚だと思いたい。
 思わず求婚したくなる気持ちを必死に押し留めて、ゆっくりと歩き始めた背中を見つめる。子供の頃から、その大きな背中を追いかけるのが好きだった。向日葵の咲く丘を、木の葉の舞い散る街道を、雪の降りしきる朝も、いつもどこへでも兄さんの後を付いて行ったような気がする。その想いは今も変わってはいない。本当は、手を放したくなどなかったのだ。三人で手を繋いで、どこまでも歩いて行きたかった。そうすれば、吹雪の夜にも耐えられると思っていた。
「兄さん…」
「何?」
「この帽子…頂いてもいいかしら?」
 消え入りそうな声でベラルーシが呟く。
「そんな古い帽子を? そんなのより、新しいのを買ってあげるよ」
「いいえ。いいえ、兄さん。これがいいの」
 ロシアはその面に不思議そうな色を浮かべた後、ゆっくりと承諾の笑みを浮かべた。
「いいよ」
 その姿を目に焼き付けておきたいと思った。
 この笑顔は、私だけのものだ。
 私だけのものだ。





 冬なんて嫌い。冬なんて大嫌い。
 鉛色の空。凍てついた星が落ちてきそうな深淵の夜。
 街も人も海も、時間を止める憂鬱な季節。
 けれど、私は雪になりたい。
 兄さんの肩に降り積もる雪になりたい。
 兄さんの頬に触れる雪になりたい。
 兄さんの視界を染める、雪になりたい…。













訳:スィムパーチヤ -好きな人-















誕生日プレゼントに早瀬さんの初書きヘタリア小説を頂いてしまいました…!!
ソビィズ大好きな私にソビィズの女神が微笑んで下さったとしか思えません。
どんな時でも兄さん一直線、ベラちゃんの純な乙女心が可愛くてキュンキュンしますvv
妹に優しい露っさまも萌えですv原作では「帰ってぇぇぇ!!」な仲の二人ですが、
やっぱりスラブ兄妹は根底では仲良しであって欲しいと思う私です。
素敵な小説をどうもありがとうございました。早瀬さんラブ!!








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