「カルマ!!一体これは何なんだっ!!?」
 どたたたたっ、というけたたましい足音と共に叩きつけるように開かれた扉に、読書中だったカルマは、危うく手にした本を床へと落としそうになった。
「わっ…!?……っとと、セーフ…!………………………あれ?」
 すんでのところで無事にキャッチし、ほっと胸を撫で下ろしたところで、カルマは怒鳴り込んで来た金髪の青年に気が付いた。全力で走ってきたのか、肩でぜいぜいと荒く息を吐き、色白の肌は赤く上気している。
「ど…どうしたのスノウ…?」
「どうしたもこうしたもないっ!!」
 凄まじい剣幕に気圧されておずおずと訊ねれば、先程の倍のボリュームで怒鳴り返されて、頭がくらくらした。
「ちょ…ちょっと、落ち着いてよ。一体何があったの?」
「落ち着いてる場合じゃないよ!!こんなものが船内に貼り出されてるっていうのに、どうしてそんなに平然としていられるんだ君は!?」
 スノウが勢いよく卓の上に叩き付けたのは、サロンの二階に掲示されている壁新聞だった。無理に剥ぎ取ってきたのだろう、四隅が無残に千切れている。折角の力作を台無しにされた若き新聞記者の落ち込む姿を想像して、カルマは溜息混じりに頬を掻いた。これはペローに謝罪を入れておかねばなるまい。
 ……まあ、それは後でやるとして。
 今は、突然来襲したこの嵐を鎮めるのが先決だろうと、カルマは素早く記事に目を走らせた。
「ええと…『ヴァルハラ軍はオベル王国に駐留していたクールーク第二艦隊の撃破に成功………』」
「そこじゃない!問題なのはこれだ!!」
 神経質そうな長い指がコツコツと卓を叩く。示されたのは一番下の記事……連載小説の欄だった。
「ああ、ミッキーさんが書いてる『薔薇の剣士』だね。スノウも読んだんだ」
「読んだから怒ってるのに決まってるじゃないか!いいかい!?『………かくして、薔薇の剣士はブリュンヒルデのリーダーとなり、打倒クールークの旅へと出発したのであった』……って、何なんだこの内容は!!」
「……ああ、スノウも気になったんだ。いよいよクライマックスだっていうのに、酷くもどかしい終わり方だよね。これから薔薇の剣士が、クールーク軍とどんな戦いを繰り広げるのか、僕も続きが待ち遠しくて仕方ないんだよ………ってスノウ?どうしたの??」
 卓に突っ伏してしまった幼馴染みを見遣って、カルマは碧い瞳をパチパチと瞬いた。
「あれ?違った?」
「大いに違う!!」
 がばっと起き上がると、スノウは右手で新聞の乗った卓をバンバンと叩いた。
「とんでもないインチキ小説だよこれは!!『双剣の剣士カルマも果敢に戦ったが、しょせん薔薇の剣士の敵ではなかった』『薔薇の剣士どのをお迎えしたい。それも、仲間としてではありません。我らのリーダーとしてお迎えしたいのです』………君が、薔薇の剣士にリーダーを譲ったなんて、全くの事実無根じゃないか!!」
「だって、このお話の主役は薔薇の剣士なんだから、薔薇の剣士がリーダーになるのは当然なんじゃない?」
「何ふざけたことを言ってるんだ!この軍のリーダーは他の誰でもない、君だろう!こんなことを書かれて、何とも思わないのか!?」
「でもこういうのって…えーと…何だったかな……?…そうそう、『ふぃくしょん』っていうんでしょ?実際の出来事とは違いますよー、ってお話」
 おっとりと小首を傾げるカルマに、スノウは怒気を削がれてがっくりと項垂れた。
「何で…?」
「え?」
「何でそんな風に何でもない顔をしていられるんだ?悔しくないのか君は?まるで君よりもラインバッハさんのほうが、この軍のリーダーに相応しいと言われてるみたいじゃないか」
「?別に間違ってないんじゃないかな?」
「カルマっ!?」
 再び激昂するスノウをまあまあと手を振って宥め、カルマは穏やかに微笑んだ。
「僕がこの軍のリーダーになったのは、ただの成り行きだよ。ラインバッハさんに限らず、ここには一騎当千の猛者が何人も揃ってる。実力で言ったら、誰がリーダーになったって可笑しくはないんだ。勿論僕だって、任されている以上は精一杯やるつもりだし、みんなの期待に応えられるリーダーでいたいと思ってるけれど……でも、本当に群島に平和を齎すことが出来るのなら、リーダーなんて誰だって良いんじゃないのかな?」
「……………」
「それに、もしリーダーでなくなったとしても、僕には…みんながいる」
 カルマの声には、静かでありながらも揺らがぬ確信に満ちた、深い響きがあった。
「ケネスやジュエルや…ラズリルから来てくれたみんながいる。僕を信じて、付いて来てくれた人たちがいる。テッドやフレアやチープー…肩書きに捉われず、僕自身を見てくれてる人たちがいる…リーダーじゃない、本当の僕を知ってる人たちがいる。みんながいるから、僕は大丈夫だって思える。リーダーとしても僕自身としても、頑張れるって信じられるんだ」
 碧い瞳を涼やかに煌かせ、カルマは僅かに上の位置にある青灰色の瞳に微笑いかけた。
「それとも…スノウは、リーダーじゃない僕なんて嫌?」
 スノウは驚いたように目を瞠り、激しくかぶりを振った。
「そ、そんな訳ないだろう!!リーダーであろうとなかろうと、カルマはカルマだ。僕の大事な―――親友だ」
「良かった。スノウもそう思ってくれるんだね」
 屈託なく笑いかけてくる視線を、スノウはどこか居た堪れない気持ちで見返した。
「…………君は、強いね」
「ううん、そんなことないよ。それよりも―――ありがとう」
「………え?」
 きょとんとした表情のスノウに、カルマは卓の上から取り上げた新聞を差し出した。
「これを読んでスノウがあんなに怒ったのも、僕のことを心配してくれたからだよね。ありがとう。嬉しかった」
「う…うん…」
 漸くはにかむように微笑んだスノウに新聞を手渡し、さあ、と肩に手を置いて背後の扉へと促した。
「ペローさん、困ってたでしょ?一緒に謝りに行こう」
「わかった。………すまない、また君に迷惑を掛けてしまって」
「迷惑だなんて考えたこともないよ。だって…」
「だって?」
 途切れた言葉の後を追いかけて振り向いた幼馴染みに、何でもないよ、と笑いかけて、カルマは続く言葉を胸の中でそっと呟いた。








 だって―――僕がこんな風に考えられるようになれたのは。
 君が帰ってきてくれたお陰だから。








 ありがとう。
 君がいるから僕は、強くなれる。

 
















お題9「偽りと真実」―――フィクションと現実の対比に加えて、
「リーダー」という名の偽りの仮面を被った自分に踊らされなくなったカルマを書きたかったのですが…
ちょっとこじつけっぽくなっちゃいました(汗)……反省………。





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