カルマへ






 久し振り―――というのはやっぱり可笑しいかな?
 手紙なんてあまり書いたこともないから、どうにも勝手がわからなくて緊張するな…というよりも、普段から当たり前のように顔を合わせて言葉を交わしてきた君に、こうして改まって手紙を書くなんて初めてなのだから仕方がないのかもしれないけれど。気の利いた文章のひとつも書けそうになくてすまないけど、どうか悪く思わないで欲しい。


 君がラズリルからいなくなって、ひと月が経った。


 あの事件から、僕を取り巻く環境は激変した。偉大なる指導者を失い混乱する騎士団を見て、父は早々に動いたようだ。あと幾日も経たないうちに、僕は――次の団長に就任する。
 もし君がこれを知ったら…「おめでとう」と言ってくれるのかな?
 僕が望んでいた形とは随分違うものになってしまったけれど、それでも僕は自分に課せられた責任を果たすつもりだ。それが団長の務めだからね。



 けれど……正直言って、僕は今でも君がここにいないということを実感出来ないままでいる。
 今だって、「カルマ」と声を上げれば、すっかり耳に馴染んでしまった君の声が当然のように返ってくるような気がしてならない。
 それはきっと……君が傍にいることが、僕にとっては当たり前になりすぎていたからなんだろうね。
 君はいつも控えめで物静かで、あまり目立つこともない子供だったけど、穏やかな存在感が僕にとってどれほど心地よいものだったのか、今になってはじめてわかった気がする。
 君はもうここにはいないと理性ではわかっていても、きっと全身の感覚がそれに追いついていっていないんだろう。



 小間使いの一人や二人消えたところでフィンガーフート家の威光に何の差し障りもないだろうというのが父の見解で、この屋敷で君と共に過ごした十数年という歳月の重みは、どうやらその計算の中には入っていないらしい。そんな父の思惑を周囲も承知しているから、敢えて僕の前で君の話題を口に出すものもいない。
 言われたら言われたで、きっと心穏やかではいられないだろうという自覚はあるのだけれど、殊更避けるみたいに君のことに触れようとしない周囲が僕には却って煩わしい。僕のいないところでは、君が団長を殺したなんていうのは嘘で、本当は僕が君を疎んじていたから遠ざけたのだと、まことしやかに語るものまでいるらしいというのに。
 まったく以って馬鹿らしい話だ。僕は君のためを思えばこそ、罪を償う場所と機会が必要だと判断したのに。
 君と団長との間に、どんないきさつがあったのかを僕は知らない。だが、現場をこの目で見てしまった以上、僕は騎士団員として真実を語らねばならない。
 何かの間違いであって欲しいという気持ちは当然僕の中にもある。信じられないという思いもある。だが、君も団長も人間である以上、意見の食い違うこともあれば諍いを起こすこともあるだろう。殺したいと思うほどにお互いを憎むことだって。そんな感情を、僕は責めたりは出来ないし、責めようとも思わない。
 僕が言いたいのは―――こんなことになる前に、どうして僕にひと言相談してくれなかったんだ…ってこと。
 小さい頃からずっと共にいて、僕は君のことなら何でも知っているつもりだった。ずっと君の良き兄であろうと努力したつもりだった。それを君はわかってくれていなかったんだと、そう思い知らされたことのほうが僕には遣り切れない。
 ねえカルマ。君は一体僕のことをどう思っていたの?どうして僕に何も言ってくれなかったの?どうして僕を―――裏切ったの?
 僕という存在は、君にとって―――何だったの?






 君が償いの旅を終え、再びこの地に戻って来れたとしても、僕たちはもう、昔のようにはなれないだろう。
 ただ―――君が僕のことをどう思っていたとしても、僕が君を大切に――本当の弟のように思っていたのは事実だった。
 それが僕の独りよがりでしかなかったのだとすると、虚しいことこの上ないけど。それでも僕は最後まで君の味方をしただろう?
 何も弁解出来ず座して死の報いを受けるより、過酷であろうとも生きて償うことこそが君のためになると思うから。
 そう言えば、君が流されたすぐ後に、ケネスとジュエルも姿を消したと人づてに聞いた。
 彼らは今は君と一緒にいるのかな?
 馬鹿なヤツらだよ。本当に君のことを思うなら、信じてこの地で待つことこそが正しい道だろうに。
 手を貸すなんてことしたら、君の名誉を益々傷つけることになる…そうだろう?
 …とは思うんだけど、その反面、彼らが君と共に行ってくれて少し安心したのも事実だ。彼らと一緒なら心配はいらないだろうからね…矛盾してると思うかい?






 早く帰って来て欲しいなんて、感傷的なことは言わない。
 ただ―――もう一度会うことが出来たなら、君の本当の気持ちが知りたい。
 共に過ごした歳月が、君にとって―――僕にとって、何を意味していたのか…僕はそれが知りたいんだ―――。



















 開いたままの窓から吹き込む風に、スノウはペンを動かす手を止め、顔を上げた。差し込んでくる陽光は、いつしか黄昏へとその姿を変え、周囲を茜色に染め上げている。
 長く伸びた自分の影が落ちかかるこの部屋に、どうにも違和感を拭えない。小さく頭を振って、正体のわからぬ苛立ちを胸の片隅に追いやると、スノウは椅子から立ち上がり、外の空気を吸おうと窓の傍らへと歩を進めた。天井の高い騎士団の館は、二階といえども地上からはかなり高い場所に位置している。港に面したこの部屋は、想像していたよりも遥かに見晴らしが良かった。だが、見慣れたはずの港の風景さえもが、この窓枠に切り取られただけで違和感のあるものに変わってしまう事実にスノウは気付き、そして気付いた自分に苦笑する。今はまだ借り物とはいえ、この部屋はもうじき正式に自分のものとなるのである。慣れなければいけない。
 僅かに視線を移せば、ふと、空の鳥小屋が目に映る。
 過日の海賊襲撃の際に、騎士団の連絡網の要ともいえるナセル鳥は、何者かの手によって全滅の憂き目を見た。今はガイエン本国から新たな鳥が送られてくるのを待つしかない状況だが、訓練を終えた優秀な成鳥を一度に何羽も補充することは叶わず、鳥小屋は住むべきものもないままに放置されている。伝令は今は船と人の足とを頼る以外になく、本国との連絡も滞りがちだ。
「残念だな…鳥がいなきゃ、君に手紙を届けることも出来ないじゃないか…」
 ―――喩え生き残りの鳥がいたとて、この海のどこにいるのかもわからないものへと手紙を届けるなど不可能だとわかっているのに。
 それでも、そう思わずにいられないのは。
 伝えたいことを伝えようともせずに彼を手放したことを、自分に言い訳したかったからなのだろうか?


 ひとつ溜息を吐いて、スノウは机の上の書きかけの手紙を取り上げ、一思いにそれを引き裂いた。四つ八つと更に細かく破き、やがて粉々に砕けたそれは、風に攫われスノウの手をすり抜けて、窓から外へと舞い上がる。
 暮れ方の空に、雪が降るように、花が散るように、言の葉が静かに降り注ぐ。
 届くことなどないとわかっているのに、スノウはその場を動くことが出来なかった。
 天に託した思いの行方を、見届けようとするかのように。

 
















お題8「ナセル鳥」―――といっても鳥さんメインの話じゃなくてすみません(汗)
強がりと弱音と自己弁護と…この時期のスノウは一番自分自身の気持ちが見えてなくて
不安定だった頃なのではないかと思います。
―――この手紙がもしカルマの元に届いてたら、きっと二人の間にある亀裂が
更に深まったであろうことは間違いないのですけれども(苦笑)





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