諦めたつもりだったのに。割り切ったつもりだったのに。 時折、不意に暴れだす感情がある。 灰の中の燠のように、じわじわと心を侵食していく熱。 消える音。裂ける大地。ああ、世界が酷く遠い。 いっそ僕ごと燃え尽きてくれたなら、楽になれるのに。 群青の天蓋には一面の星。さざめきが聞こえてきそうなほどに、それは近く、手を伸ばせば届きそうな錯覚に陥りそうになる。夜でも灯りを絶やさないラズリルの港では、けして見られない光景だ。空にはこんなにもたくさんの星があったのかと、両手の薪を抱えなおしながらケネスは思った。 闇の中に赤い光が見える。砂浜に庇のように突き出た岩陰で、小さな焚き火が頼りなげに揺れていた。仄紅い照り返しを受けて、ぼんやりと明るいその場所では、カルマが集めた蔦を綯って縄を作っていた。ケネスは小走りに寄り、その傍らに抱えた薪を下ろす。 「お帰り。随分たくさん集めてくれたんだね。ありがとう」 「―――ジュエルとチープーは、もう休んだのか」 「うん。明日も早いしね」 「おまえも早く寝ろ。縄綯いなら俺がやる」 「僕は大丈夫だよ。ケネスのほうこそ疲れてるでしょ。早く休んで」 ケネスはカルマの手元を見た。夕食の後からずっと綯い続けていたのだろう、渦巻いた縄の長さはかなりのものになっている。几帳面な彼の仕事らしく、とても丁寧に編みこまれたそれは、きっと多少の嵐にも動じずに、船を支えてくれるだろう。だが。 「おまえ、昨日から殆ど寝ていないだろう。根を詰めすぎると、いざと言う時に動けなくなるぞ」 「そんなに心配しなくても、大丈夫だってば」 「昨夜もおまえは、船の修理に使う木片を集めてくるといって、一番遅くまで起きていた。そして今朝、俺たちが起きたときには、おまえは既に朝食の支度を済ませて待っていた。あれだけの量の魚や木の実、夜明けてからの僅かな時間で集めて来られるわけがない。もし俺が今ここで眠れば、おまえは明日の朝も同じことをするだろう。賭けてもいい」 「…………」 「―――おまえの気持ちはわかるが……少し休め。それに」 ケネスはカルマの右腕に視線を移した。日に焼けた肌に巻かれた包帯に、赤い血が痛々しく滲んでいる。昼間、船の修理中に、落下してきた木片からジュエルを庇って受けたものだった。 「傷に障る。もうその辺りでやめておけ」 大破した船に残っていた僅かな傷薬では、気休め程度にしかならない。カルマは呻き声ひとつ上げないが――本当なら、このような作業が出来る状態ではけしてないのだ。 「ケネスは心配性だね。大した怪我じゃないよ、これくらい」 「そうは言うが……」 「ん、本当に痛くないんだよ。ほら」 カルマは大きく腕を挙げ、ね?と首を傾げた。その所作に澱みはなく、表情は明るかった。堪えているというより、本当に全く痛みを感じていないかのようなその様子に、ケネスの背筋を冷たいものが走る。 「………やっぱり、おまえは寝ろ」 「だから、大丈夫だって」 苛立った様子もなく、カルマは同じ言葉を繰り返す。見上げてくるその顔に視線をやって―――ケネスは今度こそ総毛立った。 月明かりを弾き、闇の中にも沈まぬ碧い瞳。その向こうに広がるのは―――ただ真っ暗の虚無。 その微笑みはこれ以上ないほどに綺麗で、そして……これ以上ないほどに、冷たく乾いていた。まるで硝子玉のような透明で無機質な光は、ケネスに機械仕掛けの人形を連想させた。魂を抜き取られた、空っぽの器―――。 カッと、冷たい怒りが胸中を満たした。 ―――おまえが一体何をした! ずっと、ずっと。ただひたすらに信じて。慕い続けて。守りたいと願って。それなのに。 ―――神が本当にいるというのなら、これは一体何の罰だ? 押し黙ってしまったケネスに向かって、カルマは抑揚のない口調で告げた。 「最近少し夢見が良くなくてね。横になっても休んでる気がしないから起きてただけだよ。体調が悪いわけじゃないから、本当に心配は要らない。それに、性分かな……何かしていないと落ち着かなくて」 碧い瞳は確かにケネスを捉えているはずなのに、そこには何も映ってはいなかった。もっと遠くの―――ここではないものを。けして手の届かないものを、カルマは見ていた。 たったひとつの拠り所を失くし、世界から放り出された魂は―――どこへ流れていくのだろう。 もう二度と、戻らない日々。もしやり直せるとしたら、やはりおまえは、還りたいと望むのだろうか。 何かしていないと落ち着かなくて。 ―――歩き続けていなければ…立ち止まってしまったら…消えてしまいそうで。 「………わかった」 それ以外、ケネスに何が言えただろう。 「カルマ」 せめて…この先に待ち受ける運命が、無情ではないと信じて。 「―――どこにも、行くなよ」 カルマは一瞬瞳を見開き、それからくすりと微笑った。 「やだな。行こうったって行けるわけないじゃないか。船がないんだから。無事に修理が終わったとしても、ケネスたちをここに残して行ったりしないよ」 月明かりよりもなお白い顔に、透明で無機質な微笑みを浮かべて。 「喩え何があっても、どんなことをしても、君たちだけは、無事に帰してみせるから」 ―――そうして、おまえはひとりでどこへ行く? 「……帰る時は、皆一緒だ」 少年の口から、賛同の言葉は返らなかった。 星のざわめきのみが、静かに冷たく夜を満たしていた。 ずっと信じていた。 ずっと信じていたかった。 ―――どうして裏切ったの…? どうして信じさせてくれなかったの―――!? 灰の中の燠のように、消せない感情がある。 全てを壊してしまいたいという衝動に、あとどれくらいの間、僕は抗い続けられるだろう。 もし僕が、贖いの業火にこの身を焼き尽くされたなら。 ―――果たして君は……泣いてくれるだろうか……? |
お題9「運命」―――in無人島。Mr.貧乏くじケネス再び(苦笑)
絶望のさなかで情緒不安定気味の4主です。痛々しい話ですみません…(汗)
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