食事時には大勢の人間で賑わう施設街も、昼下がりの半端な刻限ともなれば幾らかは落ち着きを見せる。それでも船内で最も人の集まるフロアだけに、多少の声や物音は周囲の喧騒に掻き消されてしまう。そんなわけで、買い物途中だったカルマが、その声に気付くまでには多少の時間を要した。
「…?」
 視線を向けると、カウンターの向こうから盛んに手を振るフンギの姿が見える。カルマが近づくと、フンギはそばかすだらけの顔を緩やかに綻ばせた。
「あー、良かった。さっきから呼んでるのに、カルマ全然気付かないんだもんな。このまま行っちゃったらどうしようかと思ったよ」
「ご、ごめん…。それで、どうしたの?」
 尋ねると、フンギは温かそうな湯気の立ち上る袋をカルマに手渡した。
「これだよ」
 受け取って、カルマは目を丸くする。袋に詰められていたのは出来立てと思われるまんじゅうだった。既にこの船の名物となりつつあるイルヤ島の夫婦が作ったものとは、明らかに形や生地が異なっていたが、カルマはこのまんじゅうにどことなく見覚えがあるような気がしていた。
「食べてみてよ」
 フンギに促されて、カルマは袋からまんじゅうを一つ取り出して頬張ってみた。具は炒めた挽肉と玉葱だけという至ってシンプルなものだったが、その味付けにはやはり確かに覚えがある。魚醤を使った、どこか懐かしい感じのする味。
「フンギ、もしかしてこれって…」
「そ。ラズリルのまんじゅうだよ」
 フンギは得意そうに胸を張った。
 彼が再現してみせたのは、ラズリルの表通りで露店を営んでいたまんじゅう屋の商品だった。格別凝った味付けでも、高価な食材を使っているわけでもなかったが、カルマにとってはごく幼い頃から慣れ親しんできたものの一つだ。限られた小遣いと相談しつつ、時折買い求めるそれは、仕事の合間のカルマの数少ない楽しみとなっていた。騎士団に入った後も変わらず世話になり続けていた店だったが、過日のクールーク軍の占領によって、遂にその歴史に終止符を打つこととなった。戦の混乱に紛れて店主はどうやらラズリルを離れてしまったらしく、その後の行方はようとして知れない。カルマが再びラズリルに戻った時には、既に思い出の場所から店は跡形もなく消えていた。
 だから、もう二度と巡り会うこともないだろうと、そう思っていたのだけれど。
「凄いね、フンギ。味も形もあの店のまんじゅうそのものだよ」
「だろ?だから冷める前に食べさせてやりたかったんだよ。カルマにさ。それで必死になって呼んでたってわけ。ホント、気付いてくれて良かったよ」
「…僕に?どうして?」
 人の良さそうな青年の屈託ない笑顔に、カルマは僅かに怪訝な表情を向ける。この巨大船の台所を預かる身である彼が、その想像を絶する激務の合間を縫って、わざわざ自分などの為にこれを作ってくれた理由がカルマにはわからない。
「カルマ、ケヴィンさんとパムさんのまんじゅう、いつも美味そうに食べてるけど、時々何となく物足りなさそうな顔になるからさ」
「…僕、そんな顔してたの?」
「食べてる時のお客の表情からその人の好みを割り出すのは、料理人の務めだからね。カルマはそんな顔してるつもりじゃなくても、俺たちは見逃さないよ。ケヴィンさんとパムさんも気付いてて、一体何が足りないのかねぇ…なんて三人でよく話してたんだ」
 まさか自分のいないところで、そんな話が繰り広げられていたとは露ほども知らず、カルマは思わず絶句する。
「で、俺が思うにそろそろこれが懐かしくなったのかなって。ケヴィンさんとパムさんの作るまんじゅうは、確かに凄く良い素材を使ってて味も良いけど…ほら、やっぱあるだろ?どんな高級料理よりも郷里の味が恋しくなる時って。カルマ、前にあの店のまんじゅうが好きだって言ってたから、もしかしたらって思ったんだよ」
 以前に何の気なしに洩らしたひと言を、フンギが覚えてくれていたとは思わなかった。素直にそう言うと、彼は、騎士団全員の好きな食べ物と味付けの好みは頭に入ってるからと事もなげに答え、更に、今はこの船の乗組員全員の好みも把握していると付け加えた。彼の料理人としての姿勢と情熱に深く敬服すると共に、その彼らしい気遣いをカルマは嬉しく思う。
「それにしても苦労したよ。味を再現出来る自信はあったけど、この海域じゃ豚肉なんて滅多に手に入らないから。シャドリさんに頼んでミドルポートの交易商に話を通して貰って、ガイエン本国から取り寄せたんだ。そんなわけで、あまり多くは作れなくてさ。だから皆には内緒だよ。特にタル。アイツ、人一倍食い意地張ってるからさ、自分の分がないなんて知れたら暴れ出しかねないし。今回はカルマだけの特別ってことで」
「ありがとう」
 カルマがふわりと向けた笑みに、フンギは一瞬目を瞠る。カルマは普段、あまり感情表現が豊かなほうではない。時折笑顔を見せることはあっても、それはどこか感情を押し殺したような、控えめでぎこちない笑みであることが多かった。だが、今の彼の微笑みは、これまで見たこともないような鮮やかなもので。思わずどきりとしてフンギは慌てて瞳を逸らした。
「や、まさかそんなに喜んで貰えるとは思わなかったよ。君はよっぽどそのまんじゅうが好きなんだね。何か特別な思い入れでもあるの?」
 居た堪れなさを誤魔化すように頬を掻きながら、フンギは嬉しそうな笑顔のまま再びまんじゅうを頬張り始めたカルマに、やや上擦った声を掛ける。
「……ん?」
 疑問符を含んだ言葉に、カルマはまんじゅうを食べる手を止めた。









「カルマ、これそこのお店で買ってきたんだ。一緒に食べよう」
「え?知らない?これはね、おまんじゅうっていうんだよ」
「包んで貰ったばかりだから、とっても温かくて美味しいよ。ほら」





 広げた手の上に乗せられた温かいもの。
 それは、君がくれた初めての――――。










「内緒」



 なんだよ、と残念そうに呟く料理人に軽く肩を竦めてみせると、カルマは仄かに温かな袋を、両手でしっかりと包み込むように抱える。
 ふんわりと鼻腔をくすぐる湯気は、微笑んでいるかのように温かかった。

 
















お題2「まんじゅう」―――フンギ初書き。口調ってこれで合ってたかしら…どきどき。
4様はおまんじゅう大好き説に一票です。
そしてその切っ掛けはやはりスノウ絡みであって欲しいファン心理(笑)
ところで、私はまんじゅうと言われるとナチュラルに肉まんを連想してしまう人なんですが…違いますかね?(訊かれても…)





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