海で拾われた子供なのだと、聞かされていた。
 乗っていた船が難破して流されたのだろうというのが大方の推測だったが、実際のところはわからない。わかっているのは、船の破片と思われる板切れに掴まって、揺らめく波間を漂っているところを発見されたということ。親の顔も、本当の名前も知らない。遠い昔に誰かの腕に抱かれて、慈しまれた日々もあったのかもしれないが、今となっては全ては海の底。確かめるすべもない。
 自分が誰なのかわからない。その曖昧で不確かな感覚は、いっそ自分に似合っていると思わなくもない。出身はと問われれば、海だと答えることにしていた。何処だかわからぬ生まれなど、自分にとっては何の意味も持たない。海から来た子供だというのなら、海で生まれたことにして何の不都合があろう。
 揺れるように、流されるように。
 ふと気が付けば、海を見ていることが多かったように思う。この船に乗ってからは、特に。思えば数奇な運命を歩む切っ掛けとなった左手の刻印とも、元々の出逢いは海だった。
 きっとこの先、喩えどのような結末を迎えようとも、自分の魂はここへ還るのだろう―――だから。
「海で死ねるのなら、本望かもしれないね」
 手の伸ばせば届きそうなところにまで迫った死を、怖くはないのかと尋ねたテッドに対する、それがカルマの答えだった。閉ざされた自身の未来を嘆きもせず、恐れもせず、訪れる時をありのままに受け入れる。覚悟もなく、祈りすら必要とせず、ただ穏やかな意思だけを海と同じ色の瞳に湛えて。
「海を故郷と定めた日から、いつか還る場所もここになるのだろうと思っていた」
 残念ながらそれは叶わなくなっちゃったけど、と左手に目を落とす。そこに宿った呪いは、宿主の命が尽きた瞬間にその身体を灰と化し、この世から跡形もなく消し去る。この紋章に選ばれたものに、波のかいなに包まれて永久の眠りにつくことは許されない。
「ならばせめて、最期の日は海に在りたいと、そう思うよ―――」
 晴れやかな声で、自分の最期の日を語るカルマに、居たたまれなくなってテッドは奥歯をぎりっと噛み締める。
「…まるで死にたかったのだと、そう言いたげな口ぶりだな」
「…そういう訳じゃないけど」
 少し困ったような微笑を浮かべて、カルマは海風に乱された髪を掻きあげる。何と言ったらわかってもらえるのか考えてはみたものの、結局彼を納得させられるだけの言葉など存在しないことに気付く。きっと自分などには想像もつかぬほど数多くの死を見届けてきたのだろう彼の心情を思えば、死をこんな形で肯定する自分の気持ちは、喩えどのように訴えても理解は出来ぬだろうと悟った。
「海に貰った命を、海に返す。それだけのことだよ」
 それが、この海で生まれたものの定めなのだと、理屈でなくただそう思う。
 ならば、大いなる源流の懐に返す前に。
「だからこの手にあるうちは、大切なものを守る為に使う」
 振り返らない瞳は、どこまでも澄んで静謐で。
 彼の存在こそが海そのものだと、込み上げる胸のうちにテッドは思う。
 海がその懐に数多の生命を抱えるように、彼もその背中に重い希望を背負って。


 どうか、まだその時が訪れないよう祈るより他に、自分に何が出来ただろう。
「―――海なんて、俺は嫌いだ」
 ぶっきらぼうな呟きに宥めるような視線を向ける彼に、何を伝えれば良かったのだろう。




 俺の手の届かない所へとおまえを連れて行こうとする海が―――勝手に行ってしまおうとするおまえが―――俺は嫌いだ。




「だから―――死ぬな」
 どうか届けと願いを込めて、僅かにそれだけを口にする。
 肯定も拒絶もせず、紺碧の海はただ穏やかに微笑った。

 
















お題1「海」―――テッド絡みだと暗い話になりがちなんですが、やっぱり暗くなっちゃいました(苦笑)
4主は何もかもを受け入れすぎる人のように思ってます。で、テッドはそれを理解できなくて怒るというのが、
ウチのテド主のパターンになりつつあるような気がします(笑)





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